見えない正体-4
「うまくいったかトリ?」
「へえ……まあ……。」
青森シェラトンホテル地下駐車場の中。
車に戻るなり、トリヤマは不機嫌そうな声を出す。
「何かあったのか?」
「いや、別にたいしたことじゃねえんですが……あの、秘書の野郎が……。」
「ああ、アイツか……。」
和磨は、男の顔を思い浮かべて笑った。
「どうにも、気にいらねえ野郎でして、たかが秘書のくせしやがって……。」
「アイツは、秘書じゃねえよ。」
「えっ!?違うんですかい?」
「ああ、アイツは、ただの県の役人だ。」
「県の役人?それが、またどうして?……。」
「アイツは、キレ者だからな。あの先生が目を付けたんだろう……。
こういった汚れ仕事もこなせる。
ゆくゆくは、あの先生の後押しで、政治家にでもなるんじゃねえか。」
「オジキ、あいつを知ってるんですかい?」
「ああ、よく知ってるよ。」
「だったら、あいつも仲間に引き込んで、いっそ他の先生方も取り込んじまえば……。」
気にいらねえが、そんだけの切れモンなら使えそうだ。
「無理だな。」
「どうしてですかい?」
「アイツは、汚れ仕事は出来るが、外道にはなれねえ。正義感が強いんだよ。」
そうだ……アイツは、昔からそういう奴だった……。
「そうですかい……。
じゃあ、仲間にならねえんなら、いっそのこと痛めつけてやりますかい。」
「やめとけ……。お前じゃ、アイツにかなわねえよ。」
「オジキが言うほど、強え野郎なんですか?」
「ああ、俺とタメ張れんのは、アイツぐらいだ。」
「そんなに強いんですか!?」
「まあな。アイツに棒っ切れ持たせたら、まず、かなう奴はいない。
俺でもアブねえかもな……。」
「はあ……。」
道理で、肝っ玉がすわってるはずだぜ。
そんなに強えんなら、さっきヤバかったのは俺の方じゃねえか。
「ところで、ツグミの方は大丈夫か?」
「へぇ、今日は、入札価格の下限と、今んところの参入希望社を聞いてくるように言い含めてあります。」
「そうか……。」
まったくバカなブタ野郎だ。
ツグミがガキだと思って、何でもペラペラ喋りやがる。
もっとも、ツグミは見た目だけなら、ただのガキにしか見えないからな。
おかげで、こっちもうまい汁が吸えるってもんだ。
あの子の記憶力を知ったら、あのブタ野郎、どんな顔をする事やら。
「しかし、オジキ……今回は、さすがにヤバくないですか?」
「なにがだ?」
「何が……って……。
いや、この話はうちのオヤジにも通ってないですし、
それにあの先生は、本間会の……。」
オジキが、組の再興を狙って、焦ってるのはわかる。
だが、うちのオヤジがこれを知ったら、横槍を入れてくるのは目に見えている。
それに、あの先生は、本間会のヒモ付きだ。
事がうまく運んだとしても、それを知った本間会が黙っているたあ思えない。
「なんで俺が、あのクソ野郎にわざわざエサを運んでやらなきゃならん。
それに本間会にしたところで、たとえこのカラクリがわかったとしても、ウチには簡単に手を出せん。」
確かにオジキのところは、命知らずの猛者が集まったおっかねえ組だ。
それは本間会も知っている。
オジキに惚れ込んで集まってきた奴らは、オジキのためなら簡単に命だって張る。
怖えのは、こういった自分のためじゃなく、人のために死んじまおうとする奴らだ。
オジキのところは、そんなのばっかりが集まりやがる。
でも、そりゃ、オジキの男気に惚れてるからだ。
もしオジキが裏で、こんな腐れ外道な商売に手を染めてるなんて知れた日にゃ、あいつ等だって、どう動くもんだか。
だからこそ、オジキは俺なんぞに声を掛けたんだろうに……。
「心配すんなトリ……。」
心配すんなって、言われたって……。
「俺は必ずやり遂げる。
そして、あのクソ野郎をぶっ殺して昔の組を取り戻す。
そんときゃトリ……お前は、うちの若衆頭だ……。」
「へへっ……オジキが組長で、俺が若衆頭ですか……。
へへっ、そりゃ面白そうだ。今のうちに杯、返しちまいますかい?」
「おお、やれやれ。」
ははっ……そんなこたあ、出来るわけがねえ……。
でも、このオジキに期待しちまうのは、なぜなんだ?
あの頃は、良かった……。
今みたいに世知辛くなくて、みんな何にもねえのに、バカみてえに笑ってた。
この人だって、こんな腐れ外道じゃなかった。
義理人情に厚くて、まさしく任侠の漢だった。
みんながこの人を慕ってた。
先代のオヤジだって、このオジキに期待してたんだ。
必ず組を守ってくれるって……。
それが……。
みんな、あの日から……変わっちまった……。