〈変質者達の微笑み〉-4
『へぇ〜、鎖を引き千切れるとでも思ったのか?くだらねえヒーロードラマの観過ぎなんじゃねえかなあ?』
「う、うるっさいのよッ!!あ…亜季ッ!?亜季ぃッ!!」
『へへッ!もう少しボリューム上げちゃう?亜季ちゃん達の声が聞こえるようにさ?』
モニターからは長髪男の荒れた吐息と、亜季の恐怖に駈られた呼吸音が聞こえてきた。
……と、すぐさま愛の鼓膜には、信じられない言葉が届いてきた……。
『愛ちゃん……へへッ…愛ちゃんは何時からオナニー始めたんだ?』
「ッ…!!!」
それは隣に立っている目付きの悪いオヤジの口から発せられた言葉だった……亜季だけではない、自分も欲望の対象なのだという当たり前の事実を今更のように思い知らされ、愛は例えようのない戦慄を覚えた……。
『オナニーだよ、オ・ナ・ニ・イ……まさかその年になって、まだ知らねえってコトはねえだろ?』
ジッ…と見つめてくるオヤジの眼球を、愛は負けじと睨み返していた。
まだ幼いとはいえ、何となれば愛は女優である。
傲慢で我が儘な先輩俳優の中に交じり、仕事をこなしてきたのである。
ボーイッシュな顔立ちは、ともすれば生意気とも捉えられかねないが、それは愛の魅力の一部でもあり、内面性の表れでもあった。
「く…くだらない質問してないで、早くアイツを止めなさいよ!」
勝ち気な自分を曝け出してみせても、やはりまだまだ少女である。
手足を鎖で拘束台に繋がれて、しかも犯罪者に捕らえられているのだから、その怒声は震えを隠せない。
『へへへッ…強がるなよ、お姉ちゃん……なあ、オナニーを何歳頃に覚えたか教えてくれたら、あの髪の長い変態男を止めてやってもイイんだぜ?』
首謀者の口元がニヤリと曲がると、愛はより顎を引いて眼光を鋭くし、キッと睨みつけた。
何をされるか分からない圧倒的な恐怖で押し潰されそうになるも、そんな簡単に変質者の要求に屈するなど愛には出来なかった。
きっとマネージャーや両親が、そして親友達が、血眼になって必死に捜してくれているはず……。
諦めてしまうにはまだ早すぎると、愛は負けそうになる“弱い自分”を鼓舞していた……それが、この精一杯の《威圧》の全てであった……。