カピバラの恋-4
◇ ◇ ◇
「美味し〜い! このお肉、超柔らかい!!」
目の前で次々と肉を頬張る茜は、左手で頬を押さえながら、ギュッと目を閉じつつその味を堪能していた。
久しぶりに会う茜は何も変わっていなかった。
仕事の時用に束ねられたお団子頭。短い首。ふっくらした頬。
そんな姿で、店に現れた茜なのに、なぜか俺には別の人間に見えた。
「ほら、元気も食べなよ。このカルビ、すっごい美味しい」
さっと炙るだけで食べられる、この店イチオシの山形牛カルビを、強引に俺のタレの入った皿に寄越してきたので、仕方なしに口に運ぶ。
もぐもぐ咀嚼をすれば、肉汁が歯の間から滲み出るように、旨味が口いっぱいに広がり、さらにはニンニクのきいたタレがピリリと舌を刺激する。
初めて入ったこの店は、大当たりだ。
……それなのに、なぜか味気ない。
すごく美味いのは頭じゃわかっているんだ。なのにあまり箸が進まなかった。
「あれ、元気。さっきから全然食べてないじゃん」
「ん、ああ……。何だろう、ここ最近カロリーメイトばっかりだったから、急にイイもん食べると胃がびっくりしそうでさ」
あれだけ美味いものを食べると息巻いていたのに、いざ、美味そうな肉を目の前にしても、ちっとも食べる気が起きない。
なぜだ、なぜだ。
その理由がわからないまま、ひたすら肉を焼く、茜のクリームパンみたいな手をボンヤリ眺めていた。
「あー、ホントならあたしこそ、こういうごちそうを控えなきゃいけないんだけど、我ながら誘惑に弱くて嫌になっちゃう。ほら、アンタも食べなさいよ、あたしばかりに食べさせてないで」
言う茜は、まるでお母さんのように、取り皿に焼けた肉を取り分けてきた。
タン塩が多めなのは、俺がそれを好きだって知っているからだろうか。
そんな小さな気遣いすら、なんだか癪に障る。
「なんだよ、だったら断ればよかっただろ?」
思わず出た口調がぞんざいなものになってしまう。
なんで俺は、こんなに苛立っているんだろう。
会社から出た時は、あんなに解放感でいっぱいだったのに。
茜に八つ当たりしている自分が嫌になって、ごまかすように取皿の中のタン塩に手を伸ばす。
レモン汁の入ったタレ皿に入れようやく口に運ぼうとした所で、茜が、
「だってさあ、今日は元気にどうしても聞いて欲しかったんだもん、和史(かずふみ)のこと」
と、嬉しそうな声を出すもんだから、口を開けてまさに肉を食べようとした状態のまま、俺は固まってしまった。