美人キャスター罠に嵌る・・・-1
翌日、『NEWS・TODAY22』が放送されない週末は、雅子は完全オフだ。愛車のブルーのトヨタプリウスのシートに身を沈めた雅子。やがて、田園調布にある日本経団会会頭、海老原正源の邸宅の傍にある、まるで大規模商業施設の駐車場を思わせる私有地に停車すると、緊張を解す様に大きく甘い吐息を漏らす。ベージュ色のパンツスーツ姿はモデルを思わせるいでたちだ。まるで敵地に切り込むような真剣な表情を浮かべた美貌の「ジャンヌダルク」。
大江戸TV、いやテレビ界でも有数の美女と名高い、大人気の伊集院雅子キャスターの取材とあって、喜んで迎え入れた海老原正源は、一見紳士然とした顔を綻ばせて雅子を迎え入れた。女好きであることはいとも簡単に見抜け、「取材」と称した雅子のスパイ活動はスムースだった。TODAY22で流す「現代を斬る」と題したテーマの論客としてインタビューするという偽りの名目上での取材だ。女優と見まがう妖艶な表情を浮かべ、パンツスーツから伸びる長い脚をピシッと揃えて、時折歩調を合わせて頷く雅子。
(なんとしても、原発にまつわる話を聞きださなくては・・・。さぁ、見せなさい、海老原正源。あなたの裏の貌を…)
「ところで、海老原センセイ。先日、熱海原発の再稼働を日本経団会がお認めになりましたけど…」
「フフフ、君の番組だけは私を名指しで報道したよねぇ。おかげで抗議文や、お叱りの電話が当団体にひっきりなしにかかってきて閉口しとるよ」
海老原は言葉とは裏腹に、意にも解さぬ様子で雅子を見据える。
「君の取材の目的は、私が帝都電力とズブズブの関係にある確証を攫むため・・・、そうだろう、可愛いお嬢さん?」
いきなり核心を突く逆質問に、狼狽する雅子。聡明で知的な美人キャスターも、腹黒い政界財界を牛耳る闇のドンの前では、可愛いお姫さまにすぎない。
「ついでに言うと、君が私のところへ乗り込んできたのは、鷹見恭平という、恋人のため。私はあの男を抹殺せんとしているからねぇ」
「な、何ですって!?」
そこまで調べられていたのか、という驚愕の目で美人キャスターは恐れ戦く。
「随分、彼も好きモノのようだね、帝都ホテルで何度も逢瀬を重ねているそうじゃないか?」
「そ、そんなことをあなたに詮索される覚えはありませんわッ」
取材に来たはずが、「逆取材」を受けた雅子は羞恥心と屈辱感に唇を震わせる。
「きょ、恭平さんを狙っていると告白しましたわね!! 何よりの「裏」をとった以上、しっかりと・・・報道・・・させて・・・いただき・・・ます・・・わッ」
高飛車に言い放った雅子だが、呂律が回らない。そして視界がぐるぐる回り始める。
「あ、あぁッ!」
テーブルに突っ伏した雅子。半分ほど飲み干したミルクティーのカップが、床に落ちてひび割れる。
「飛んで火にいる夏の虫とはこのことだね、美人キャスター殿。君は私の虜になるべくここに勇ましく乗り込んできたというわけだ」
「ひ、ひきょう…ですわ…。睡眠薬…なんて」
「私はね、自分に楯突く相手をすぐに殺しはしないのだよ。こちらの力がどれほど強大か、そして私に楯突くとどういう目に遭うか、身の程知らずな愚かさを骨の髄まで教え込んでやるのだよ」
ソファから完全に崩れ落ちた雅子は、羽衣を奪われた天女のように床に転がった。