N.-7
「あの…」
翌日の朝8時。
師長に話しかけるのは大分久しぶりで緊張する。
「あら、風間さん。どうしたの?」
「ご報告がありまして…。今、お時間よろしいですか?」
「うん。どうぞ」
クリアなトーンで返事され、手に汗が滲む。
「あ…あの。私事で申し訳ないのですが…」
次の言葉を言うのに戸惑う。
師長の視線が怖い。
「ぁ…に、その……妊娠してまして」
「えぇっ?!」
そうだよね!
驚くよね!
この風間陽向が?!えぇっ?!ってなるよね!
しかも楓の後だし病棟どうしよう!とかってなるよね?!
あぁ……もう、終わった。
おめでたいことだと言われるわけがない。
今この時期で忙しさハンパない日々なのに、喜べるわけがない。
「本当に?!」
「はい……すみません」
土下座の勢いで頭を下げる。
お腹の子に申し訳ないと思いながら。
「今、何ヶ月なの?」
「……4ヶ月です」
頭を上げた時、師長の目が見開かれる。
瞬時に怖気づいた。
……のも束の間。
「そうなんだ!おめでとう!男の子?女の子?風間さんだったら……うーん…男の子産まれそう!あ…体調は?大丈夫?今、夜勤もやってるから辛いでしょ?」
「いや……つわりも軽かったので、今は全然なんともないです。ぁ…性別はまだ聞いてないので分からないです」
「そうなのね。元気な子が産まれてくるといいね。…無理してない?」
「本当に、大丈夫です」
「病棟じゃ辛いとこもあると思うから、遠慮なく言ってね。…水嶋さんが来月から産休だから。フリースタッフで来月から組むのでもいいかな?」
「え…い、いいんですか?その……受け持ち足りなくなるんじゃ…」
「あ、受け持ちやりたい?」
師長のその言葉に心が揺らぐ。
経過を追いたい患者さんが多数いたからだ。
「……」
「じゃあ、聞き方変えるね。風間は看護師として、どうしたい?……あ、別に圧力かけてるわけじゃないのよ?」
看護師として……。
いま、ここにいれるのが最後であるなら、わたしはここで看護師として何をすべきか。
自分の好きなこと。
自分のやりたいこと。
患者さんと触れ合うこと。
そして、毎日笑顔を見ること……。
「受け持ちをやらせて下さい」
陽向は言った。
「産休に入るまで、ずっと」
師長…小野寺は笑った。
「風間らしいね」
陽向はヒヒッと笑った。
「でもあなたがママなんてビックリだわ。辛かったらすぐに言って。妊婦でこの仕事は結構辛いよ?」
「はい。ありがとうございます」
「産休入るまで受け持ちは多分辛いと思うから…記録とか。その辺は相談しましょう。……風間、最近頑張ってるもんね。患者さんにいいケアしてあげて。期待してるよ」
小野寺に言って、なんだかスッキリした。
出っ張ったお腹を見て気を引き締める。
この子と頑張るんだ。