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真田拾誘翅(さなだじゅうゆうし)
【歴史物 官能小説】

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拾漆-4

 それでも幸村は善戦し、巧みに西へ退いてゆき、毛利勝永勢と合流した。
 豊臣方、徳川方、両軍とも陣を敷き直して対峙したが、未(ひつじ)の刻(午後2時頃)になって八尾・若江方面の戦況が幸村の元へ報(しら)された。木村重成が討ち死にし、長宗我部盛親も大坂城へ撤退する折に大損害を被ったという。加えて、後藤又兵衛の陣没の報も届き、城から幸村たちにも退却命令が出たため、彼は自ら殿(しんがり)を勝って出、毛利らを先に帰陣させた。
 敵の追い討ちに遭いながら撤退する殿(しんがり)は過酷な役目であったが、三好清海入道・伊三入道が万夫不当の働きをし、由利鎌之助が槍の総身が赤黒く血に染まるまで得物を揮い、望月六郎が炮烙玉をありったけ放って敵を爆死させた。その奮戦ぶりにはさすがの伊達政宗も手を焼き、ついに追撃中止の命令を出すに至ったのであった。


 海野六郎は高坂八魔多を討ちに行った沙笑・稀代・伊代の動向を確かめるべく自陣から抜け出していたが、この日、彼が目にした事実は惨憺たるものだった。
 六郎はいったん南に深く足を伸ばし、北上しながら、主立った戦場ではない、忍び同士が戦うであろう人目につかぬ所を探っていた。そして、藤井寺の南東、応神天皇陵で猿飛佐助と霧隠才蔵の遺体を発見した。

「彼らほどの飛び抜けた上忍がやられるとは……」

六郎は戦慄を覚えた。敵の、おぞましいほどの力量を思い知り、なまなかなことでは太刀打ち出来ぬと冷や汗を拭いながら佐助・才蔵両人の形見の忍刀を懐に入れた。しかしその後、何かを感じて東へ行き、国分付近の廃寺にふと足を踏み入れた時、六郎からは冷や汗どころか脂汗が滲み出た。
 死骸は四つあった。そのうちの一つは風魔小太郎のものであり、名うての彼が死んでいることが、にわかには信じられず、六郎は死体の首を斬り落とし、確実に死をくれてやってからその生首を手にぶら下げた。
 残る三つの亡骸(なきがら)は沙笑、稀代、伊代のものであった。六郎は遺髪にするべく彼女らの頭髪を切り取りながら、我が娘、宇乃の敵(かたき)を討とうとしてくれた傀儡女たちに向かい手を合わせた。しかし、肝心の高坂八魔多の死体はなかった。小太郎と折り重なって死んでいた沙笑から少し離れた所で斃れていた稀代と伊代。おそらく彼女らが八魔多と渡り合ったに違いなく、二人の死に顔が笑顔だったことから、伊賀者の頭領に致命傷を与えたことは推察された。しかし、八魔多の遺骸は転がっていなかった。
 三人の傀儡女の亡骸に対し、あらためて合掌する六郎。左右から押しつけられた両手は激しく震え、それには沙笑たちへの鎮魂と、宇乃への改めての冥福が込められていた。そして、深手を負いながらも逐電した八魔多のしぶとさに愕然としたのであった。

 佐助と才蔵の形見の忍刀。さらに、沙笑、稀代、伊代の遺髪。それらを前に幸村は言葉もなかった。小太郎の首という殊勲もそばに転がっていたが、失ったもののほうが遙かに大きく、幸村は涙を流して配下の死を悼んだ。
 三好清海入道・伊三入道は従姉妹たちの死を知って悲しみのあまり気が触れたようになり、相互に頭をぶつけ合い、周りの者が二人を引き離す頃には頭と顔が血まみれになっていた。
 佐助の忍刀を手にした母親の千夜は、刃にびっしりこびり付いた血を無言で眺めていたが、刀に鼻を近づけると、

「毒じゃな……」

低くつぶやいた。そして、

「山楝蛇の仕業に違いない。……おのれ山楝蛇め!」

吐き捨てるように言うと宙を睨み据えた。

 やがて、彼女の周りから早喜を残して人気(ひとけ)がなくなると、千夜は崩れるように床板に顔を伏せた。そして、慟哭が聞こえてきた。その隣で母の震える背中に手をあてがいながら、早喜は、幼い頃、佐助とともに飛び回った九度山の山河を思い出していた。

「兄様(あにさま)……。兄様……」

いつの間にか、早喜の頬も涙で濡れ、やがて、母と同調するように痛哭した。
 その絶泣が響く部屋の片隅では、霧隠才蔵の形見の忍刀と、妹沙笑の遺髪が並んで安置されており、それらは互いに声なき悲啼を上げているようであった。


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