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真田拾誘翅(さなだじゅうゆうし)
【歴史物 官能小説】

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拾捌-1

 五月六日の戦では後藤又兵衛・木村重成らを失い長宗我部盛親勢も完膚無きまでに叩かれた。しかし、真田幸村・毛利勝永らはまだ戦意を失ってはおらず、七日子の刻(午前零時前後)、彼らは大野治長の陣を訪れ、起死回生の策を練った。
 大坂城より南南西へ約一里に茶臼山があり、南南東へ約一里には岡山がある。それら小山の間、半里ほどの地に全ての部隊を東西に展開する。そして秀頼公が出陣して全軍の意気が上がったところで家康本陣めがけて押し出す。それと同時に明石全登隊が迂回して家康の背後に回り込み、とどめを刺す。
 これが討議の結果導き出された作戦だった。この決定が全軍に知らされ、五月七日未明、豊臣方は一擲乾坤(いってきけんこん)を賭して大坂城を出発することになるのだが、幸村は自陣に戻り、息子の大助に声を掛けた。

「承服できませぬ!」

父の話を聞いた大助は声を張り上げた。彼は幸村に随行せず、城内の秀頼のもとへ赴くよう言いつけられたのだ。

「大助、よく聞け」幸村は諭(さと)すように言った。「先ほどの話し合いで、今度こそ右府(秀頼)様にご出馬いただくよう決した。じゃが、戦場の経験なく馬にも乗れぬ秀頼様。いざとなれば城の奥に籠もってしまうおそれがある。そこで、おぬしに説得の任を託すのじゃ」

「さような役目、他の者でも勤まりましょう。私は父上と共に戦いとうござります!」

「いや。口幅ったいが、こたびの戦ではわしの功績が大である。その息子が出向いて説得してこそ秀頼様の重い腰が上がろうというもの」

幸村は子息に懇々と言い聞かせた。大助はなおも抗ったが、ついには父の命令に従うことになった。
 悄々たる姿で立ち去る大助の背を見つめる幸村の瞳には、ほんの一握りほど、父親の情が潜んでいた。十三歳という若さの息子を討ち死に必至の激闘へと連れ出す……幸村にはそれが忍びなかった。城内に送れば、あわよくば命が助かるやもしれぬ、と思ったのである。
 戦国武将らしからぬ陋劣な考えだな、とうつむいていると、千夜がやってきて「お願いの儀がござりまする」と平伏した。

「何じゃ、千夜、血相を変えて」

「過日、『影負ひ』の秘術を使うこと禁じられましたが、あらためて願い上げまする。是非とも傀儡女極限の術『影負ひ』を使わせていただきとう存じます!」

幸村は顎を引き、しばらく押し黙った。そして、静かに言う。

「宇乃が死に、佐助が殺され、才蔵・沙笑・稀代・伊代も殺められし今、おめおめと生きてはおれぬ。そう思っているのであろう。千夜、そして残りたる傀儡女の面々は」

「いいえ、さようなことではござりませぬ。道明寺の戦いの折、鉛玉が盛んに飛び交う中、殿は奇跡的に数カ所のかすり傷だけで済みました。ですが、本日の戦は敵の数が桁外れになると聞き及びます。飛来する弾(たま)も尋常ではないでしょう。されば、今日こそ『影負ひ』の術にて殿に当たらんとする弾を我らのもとへ呼び寄せまする。さもなくば、殿は敵方に突撃するさなか蜂の巣になってしまわれます。家康本陣に斬り込む前に斃れてしまうこと必定でござります」

千夜の顔は真剣であった。命を賭して施術する気概に満ちていた。それを目の当たりにして幸村は自分を少し恥じた。子息大助ばかりか傀儡女たちにまで憐憫の情を掛ける、そんな暇などないはずであった。彼の使命は家康の首を取り、この戦の劣勢を一気に跳ね返すこと。幸村の本懐は父祖以来の宿敵・家康を討ち取ることであった。そのためには利用できるものには全て手をつけるべきであった。千夜に『影負ひ』の術を発動させ、我が身の被弾を免れるべきであった。

「得心いたした」やがて幸村は片膝を付き、千夜の背中に手を置いた。「千夜に任せよう。……して、『影負ひ』の術はおぬしの他に誰が行うのじゃ?」

「かの術は六名いないと行えませぬが、辛うじて数が揃ってございます。私と久乃、早喜、由莉、音夢、睦の六名で……」

「飛奈は貴重な鉄砲放ちゆえ外したか」

「はい」

「秘術『影負ひ』は、かつて武田信玄に仕えた望月千代女というくノ一の先駆けが編み出したもの。長篠の戦いの折に用い、武田勝頼に当たるはずの流れ弾を防いだという隠れた言い伝えがある。弾は勝頼に当たる寸前、虚空へ取り込まれ、千代女の眼前に出現して頭部に命中し、その傷が元で彼女は命を落としたという……。術者が死ぬゆえ、それ以来、禁断の秘術となっていた」

「さようでございます」

「その禁術を、おぬしらが用いるか……」

幸村は千夜の目をひたと見据え、背中に置いた手に力を込めた。
 やがて、幸村は立ち上がると、陣幕の近くへ歩み寄り、幕の隙間から見える夜空に目を向けた。そして、背を向けたまま千夜に声を掛けた。

「出陣までまだ間があるが、どうにも気が逸って仮寝すること適わぬ。……どうじゃ千夜、わしの伽(とぎ)を務めてくれぬか?」

「え? 私が…でございますか?」

「そうじゃ。傀儡女は寝床での働きも務めのひとつ。わしの相手をしてくれ」

千夜は、しばし黙り込んだが、ややあってぬかずいた。

「かしこまりました。……しばしお待ちくださいますか。身を清めて参りますれば」


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