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真田拾誘翅(さなだじゅうゆうし)
【歴史物 官能小説】

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拾肆-1

 高坂八魔多は伊賀者たちの報告を聞くにつれ表情が険しくなっていった。真田丸の攻防で徳川方が緒戦に惨敗を喫したことはすでに衆知の事実だが、幸村配下の忍びの者が、けっこう暗躍していたらしいのだ。

「だから俺も言っただろう?」風魔小太郎が忍刀の刃こぼれ具合を指先で確かめながら言った。「出丸の櫓、あそこで俺と戦ったのは真田の忍びたちさ。お龍の道場で為合(しあ)ったやつらもいた」

「小太郎。おまえと刃を交える他に、徳川寄せ手の諸将に接近し、功名心を煽った女忍びが何人もいたらしい。おかげで先陣争いが生じ、弾除けの竹束も担がず出丸に突っ込む阿呆どもが続出した」

「狐狸婆のくノ一、碧玉も大坂方の将を一人、内応させたじゃねえか」

「あれは結局、寝返りを見破られて失敗した」

「女忍びの活躍でも、こっちは負けたってわけかい。情けない話だぜ」

「そうだな……」八魔多は否定しなかったが、わきを向いて唾を吐いた。「……ところで、これから大御所(家康)は、いったん和睦を結ぶつもりらしい」

「和睦? 緒戦で負けたくらいで、もう尻尾を巻いて逃げるのかい?」

「いや。戦ってみて、やはり大坂城は難攻不落の名城だと身に染みたのだ。このまま戦を続けても攻めあぐねるだろう。さらに今は冬。野営する兵たちは寒さをしのぐのに難儀している」

「それは分かるが、やはり和睦は早すぎるような……」

「なあに、あの大御所のことだ。和睦しておいて何か策を講じるに違いない。俺たち伊賀者も真田の女忍に対して何らかの手を打たなければならないが……おい、おまえならどうする?」

八魔多に聞かれ、小太郎はしばらく考えていたが、やがて悪相を笑いでゆがめて言った。

「まずは一人、女忍びをふんづかまえる。そして、さんざんいたぶったあげく殺して、その死体を幸村の元へ送りつける」

「殺してしまうのか。芸がないな」

「それじゃあ、大将ならどうするんで?」

「さんざんいたぶるまでは同じだ。いたぶるといっても善がらせるんだがな。俺様の二段亀頭の大魔羅でさんざん善がらせて、腑抜けにさせ、俺の言うことを何でも聞く女にしてしまう。そして、その女に幸村を殺めるように言い含め、仲間の元へ返してやる」

「なるほど、それは面白い。配下の女忍に命を狙われるとは、さすがの幸村も思わないだろうよ。……けれども、八魔多の大将の魔羅だけで、はたして女がすっかり腑抜けになるものかどうか……」

「ふ……。この俺様を虚仮(こけ)にしやがるのか?」

「いや、この際、念を入れたほうがいいと思ってね……。狐狸婆の家から淫薬をたんまりと持ってきて、そいつを使ったほうが女の腑抜け具合が違うはず……」

「淫薬か。それはあったにこしたことはないが、おまえ、いったん江戸まで戻るのか?」

「ああ。大坂城での戦の顛末をお婆に知らせる必要もあるしな」

「戻ったところで狐狸婆はいないぞ。まだ山中で己を鍛えておる」

「戦の様子はお婆の娘、お龍に言うよ。それでお婆に伝わるだろう」

「ま……、好きにするがいいさ」

にやりとする八魔多に小太郎も同じような笑みを返し、次の瞬間、「それじゃあな……」と言って煙のように消えた。


 その頃、家康は淀殿の叔父に当たる織田有楽斎を通じて大坂城の譜代の頭、大野治長へ和睦交渉を仕掛けていた。有楽斎の他にも淀殿の妹である常高院(京極高次の正室で本名は浅井 初)にも働きかけ、和議に協力させた。
 緒戦に於ける大坂方の善戦を知った諸侯が豊臣家に荷担しようとする前に、いったん停戦しようと目論んだ家康であるが、水面下で和議談判を推し進めるだけでなく、城の四方を取り囲む大軍勢に四時間ごとに鬨の声を上げさせる心理戦も用いた。また、金堀人夫を動員して城の石垣の下を掘り進み、城内に押し入る策も取ったが、これは望月六郎の爆薬で落盤させられ失敗に終わった。
 そこで家康は、かねてより購い集めていた大筒三百門余を大坂城のぐるりに配置し、盛んに砲弾を打ち込んで脅しをかけた。炸裂弾ではなく一貫(3.75キログラム)ほどの鉛玉が飛んでくるだけだが、運悪く当たれば即死である。そんな鉛玉の一つがある日、天守二層目、淀殿の居間の柱に当たり、四散した木片が侍女数名の身体を切り刻み絶命させた。このありさまを目の当たりにし、怖気をふるった淀殿は和睦へと心が大きく傾いた。

 評定が開かれ、幸村や後藤又兵衛ら雇い入れの将たちは「この勢いで戦を続行すべし」と声高に述べたが、大野治長ら譜代の臣は淀殿の意向に添い、和議を主張した。それでも幸村たちは引き下がらない。治長はこう思った。

『こやつら、戦が収まると城からの宛てがい扶持を失い、元の牢人に戻ってしまうのが嫌なのだろう』

そして、声高に言った。

「そこもとらがどう言おうと和議に応じるしかないのだ。何となれば、調子に乗り、鉄砲を派手に撃ちすぎて弾薬不足に陥ってしまったからじゃ。この状態で戦を継続するというのは到底無理である」

 結局、以下の条件で和睦を受け入れることになった。
一、大坂城の本丸は残すが、二の丸・三の丸・惣構えは取り壊す。
一、淀殿が人質になるには及ばぬが、大野治長・織田有楽斎から人質をとる。
一、籠城中の譜代の臣、新規雇い入れの兵らには、共に咎め立てはせぬ。

 外堀や惣構えの破却は徳川方で行い、二の丸・三の丸は豊臣方で打ち壊すことになったが、双方で作業の早さがまったく異なっていた。徳川方では緒戦でこれという手柄を上げることの出来なかった諸将が、ここは働きどころと奮起し、真田丸の空堀から大量の戦死者を引き上げて火葬にすると、せっかく幸村がこしらえた出丸を跡形も無く取り壊し、広大な惣構えに林立する家屋すべてを引き倒し、それらの廃材で外堀を埋め立てていった。


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