拾弐-2
「細工だと?」
「うん。こちらの挑発に乗りやすくさせておいたほうがいいと思う」
「どうする」
「まあ、それはおれに任せておくれ。……それはそうと、望月の六郎おじのところに行かなくてもいいのかい、おやじ」
「ああ、忘れておった。やつはどれくらい炮烙玉(ほうろくだま:陶器に火薬を入れ、導火線に火を点けて敵方に投げ込む兵器)をこしらえたかな。確かめてこよう」
十蔵は真田丸の内部に設けられた鍛冶場へと向かい、飛奈は本城の惣構えに出来た娼家「禄紋」へと駆け込んだ。
禄紋では昼日中だというのに、むくつけき男どもで溢れ、大繁盛であった。遣り手を務める千夜の差配で女たちは男と寝たが、客が多すぎて真田の傀儡女たちだけでは間に合わず、難波の見目良き娘たちを掻き集め、急ごしらえの遊び女に仕立て上げていた。そのため、客の中に徳川の間者らしき者がいれば密かに始末するという当初の目的もなかなか果たせないでいた。
「なんだい飛奈、このくそ忙しい時に」
千夜に睨まれたが、めげずに飛奈は自分の思いついた事を傀儡女の元締めに語った。
「ふーん。敵陣に忍び込んで、部隊の頭(かしら)を煽れってか」
「そうです千夜様。寝物語に大将を誉めあげ、功名心を高めておくのです。そうしておいて豊臣方より挑発すれば、『軽挙妄動は慎め』と厳命されていても鼻息荒く攻め寄せて参ることでしょう」
「ふむ……。禄紋での真田家の吹聴や間者摘発がうまくいかない中、おまえの提案、やってみて損はないな。一度、殿に伺いを立ててみよう」
千夜が乗り気になり、幸村もその話を聞いてうなずいたので、翌日、早速、敵陣へと忍び込む傀儡女が選び出された。
「まずは沙笑」
千夜に呼ばれ、絹隠れの異名を持つ十九歳はニッと笑みを浮かべた。これは順当な人選だった。
「次に睦」
これは皆が「ええー?」と言った。傀儡女の中では最も身体が貧弱だった。しかし「睦くらい細くて儚げなのが、この場合、かえっていいんだよ」と千夜に言われ、一同も睦本人も納得したようだった。
「最後に早喜」
「えっ? 私?」
早喜は驚いたが、「まあ、一番可愛いし」とか「奥手そうなのが、おやじに受けるかもな」と仲間が言い、「そういうことだ」と千夜が声高に言ったので、唇を尖らせて抗議する早喜を無視して、人選はこの三人に決した。
真田丸の造営中も、徳川方は続々と大坂に参集していた。
十一月十三日には秀忠軍六万が到着し、十八日には家康が攻めるべき城の南方に位置する茶臼山に本陣を置いた。
大坂城の北側には本多忠政らが陣を敷き、西側では松平忠明らが展開し、東側は酒井家次らが泰然と構えていた。城の南、にわか普請なれど堅牢に造られつつある真田丸に面しては、前田利常、松倉重政、古田重治、寺沢広高、井伊直孝、松平忠直、藤堂高虎、伊達政宗らが陣を構え、万全の攻撃態勢が整おうとしていた。
沙笑は真田丸から見て左端に陣取る前田利常の部隊に忍び込み、先鋒を務めるであろう武者、本多政重(幕府の大老的存在である本多正信の次男)に目を付け、炊煙たなびく夕刻、そっと近づいた。
本多は『飯炊き女にしてはずいぶん目鼻立ちが整っているのう』と思い、「豊臣などもう風前の灯火。さあ、前祝いに一献」と沙笑に誘われ、つい、盃を手に取った。後はもう彼女の意のまま。ほろ酔い加減にされ、陣幕の陰に誘い込まれ、睦事(むつみごと)に及ぶ。そして、房事が終わると沙笑に囁かれる。
「お隣に布陣されている松倉重政どのは大和国の五條藩主。家康様の覚えもめでたく、この戦でも奮闘を期待されておるとか」
「なあに、松倉など元々は豊臣家の直臣。いつ寝返るか知れたものではない。この戦では我が前田家が一番槍の功名を立ててみせるでな。そこもとも朗報を待っているがよい」
本多をすっかりその気にさせた沙笑は、一丁上がりと心の中でにんまりした。
いっぽう、睦は千夜から何やら言い含められ、およそ戦場(いくさば)にはふさわしくない華やかな着物で城を抜け、真田丸に敵対する右端から三番目の松平忠直の陣に入り込んだ。
「ああ、おまえ、どこから迷い込んだ。ここは戦場だぞ。危ないからここを去れ」
などと雑兵たちから盛んに言われ、それでも男どもの中を縫うように進むと、大将の陣屋に辿り着いた。そして厳しい誰何を浴びながらもきっぱりと言い放った。「松平忠直様。おじいさまの家康公より戦の前の引き出物でございます」
「祖父の引き出物だと? ……品物はどこにある」
「この、わたくしが引き出物でございます」
言われた松平忠直、目を白黒させたが、よく見ると色白で愛らしい娘である。やがて忠直は「大御所様も粋なことをなさる」と笑いを浮かべ、睦を手招きした。
一応、衣類・所持品を確かめ、物騒な娘ではないと分かると、忠直は人払いを命じ、睦の細い肩に手を置き、舌なめずりをした。