カノン-8
「──はあっ。ちょっと……やだ、やめてよ、馬鹿っ」
「三枝だってやってることだよ、その恋人とね」
「──っ」
「俺が忘れさせてあげる」
「や……やめてっ、馬鹿っ!」
羽柴 潤がわたしの首筋にキスをして舌を這わせた。
高校生といっても相手は男。簡単に退かすことは不可能に近い。
羽柴 潤が耳元で囁くように言った。
「三枝は俺たちの知らない大人の女を可愛がってるんだよ? 花音ちゃんの気持ちに三枝が気づくことはないよ。三枝には好きな女がいるんだからね。花音ちゃん、つらいね。俺がいるからさあ、俺のこと利用しなよ。俺は花音ちゃんだけ、花音ちゃんのものだよ」
わたしの目から再び涙が溢れて零れ落ちた。何の涙かわからなかった。
羽柴 潤がその涙を舌ですくった。
「三枝なんか、早く忘れちまえよ。俺がいるから」
いつもみたいなへらへらしたお調子者の雰囲気は影を潜め、今は見たこともないような真剣な目をしている。
わたしはその目に圧され、何も言えなくなってしまった。
「花音ちゃん、俺の彼女になってよ。絶対後悔させないから。花音ちゃんが喜ぶことなら何だってする。俺のことしか考えられないくらい楽しいこといっぱいしてあげるから」
羽柴 潤の瞳にわたしが映っている。
大好きだよと羽柴 潤が言いながら再びわたしにキスをした。
珈琲の香りを感じるキス。
羽柴 潤はどうしてこんなにもわたしを好いてくれているのだろう。
あんなにたくさんの女の子に囲まれていながら、それでもわたしを選んでくれた──。
お調子者で、へらへらしていて子犬みたいなやつ。
会うと必ず大きな声で手を振りながら挨拶をしてくれる。
花音ちゃん、花音ちゃんってまとわりつくように何かにつけて声をかけてくる。
いつも、わたしを見ていてくれている──。
ずっと鬱陶しいと思ってた。
調子良くて、馬鹿みたいに笑顔振りまいて馴れ馴れしくて……、ずっと苦手なタイプだと思ってた。
でも羽柴 潤は誰よりもわたしを見て、わたしだけを好きだと言ってくれる……。
わたしは羽柴 潤から目をそらすように小さく頷いて、わかったと答えた。絶対、後悔させないでね、と。
「──やった! 今日から俺の彼女!」
そう言うと、羽柴 潤は勢いよく起き上がってわたしを抱え上げた。いわゆる、お姫様抱っこというやつ。
「えっ、あっ──ちょっ」
「お姫様抱っこ、朝できなかったしね」
羽柴 潤はにんまり笑うと、そのままわたしを抱いてベッドへゆっくりと移動した。
静かに背中がベッドに着地する。
「楽しいこと、しよ」