拾壱-3
後藤基次、長宗我部盛親らもこの意見に「至極もっとも」と同意した。しかし、淀殿の乳母である大蔵卿局の息子というだけで大坂方の裁量を任されている大野治長、そして淀殿の叔父というだけで大きな顔をしている織田有楽斎は、幸村の積極的な意見を新参者の詭弁と解し取り上げなかった。「亡き太閤殿下がこしらえし堅固比類なき城があるではないか。籠城するにしくはない」という治長の声に七手組(秀頼の親衛隊)の組頭も賛同。それでもなお幸村が食い下がると、治長は城内にいた小幡勘兵衛なる甲州流軍学者を評定の席に呼び、積極策の無謀と籠城策の利を説かせた。幸村、最後まで我を立てることは出来ず、結局、城に籠もって戦うことに決してしまった。
「しかたがない。かくなる上は出丸を築いて戦うしかない」
次善の策を講じようと幸村は出丸を城外のどのあたりに築くか、まずはその目星を付けようと惣構えから外に出ようとした。すると、
「殿ぉーーーー」
華やいだ声がして振り返ると真田の傀儡女たちが駆け寄ってきた。
「殿。私たち、この通りの突き当たりで店を出すことになりました」
久乃が言うと、すぐに稀代が割り込んできた。
「店といっても品物はあたいたち。つまり身体を売る店ってわけ」
「ああ、海野六郎が娼家を始めるとか言っていたが、さっそく動いたか」
「おなごは戦に出られぬので、あたい暇だなーと思ってたけど、周りを見れば男だらけ。遊び女としてガッポリ稼いでやるからね」
「おや、稀代は気が荒いから、てっきり、髪でも切って戦に出るものだと思っておったが」
「へへへ。そのうちそうするつもりだけど、まずは娼家で牢人どもと一戦交えるんだ」
「まあ、好きにいたせ」
すると、由莉がさらに割り込んだ。
「あたい、牢人なんて臭いから相手したくない。団子屋とか何か別な商売をやるよ。……あと、飛奈のやつは稀代に先駆けて男に化けるつもりらしいから、あいつも別だよ」
「ほう。稀代よりも早くか……。男装して鉄砲組に紛れ込むつもりだな?」
「そうだろうね」
「その本人は今どこにいる?」
「さあ?……」
「久乃なら知っておるだろう」
「飛奈ならば父親の筧十蔵様と一緒に武器蔵へ行っています。おそらく鉄砲の数の確認かと……」
「なるほどな。しかし、よほどうまく男に化けぬと持ち場には就けぬぞ」
すると伊代が豊満な胸を自分の手で寄せ上げながら言った。
「大丈夫だよ。飛奈はこんなあたいと違っていまだに胸がないし、毎日身体を鍛えてるから触っても硬いんだ、腕もおなかも」
「眉毛が太くて、あたいよりも男顔だしな」
稀代が付け加え、姉妹で笑い合った。
「ところで殿、いずこへいらっしゃるのでございますか?」
久乃の問いに、幸村は出丸を作るつもりだが、その立地条件の検分だと答えた。
「それは面白そうでござりますね」
「久乃も参るか?」
「お邪魔にならなければ」
すると、稀代の大きな身体の陰に隠れるようにしていた早喜が、あたしも行っていい? と妙に小さい声で言った。
「ああ、早喜も参れ。他には?」
宇乃が丁寧におじぎして辞した。
「店で着る人数分の着物をこれからあつらえに参りますので遠慮いたします」
宇乃も皆と同じく十九になったが、とりわけ大人びて見え、どことなく風貌が亡きお国に似てきていた。
「着物もいいが、この雑踏だ。妙なやつらに絡まれるなよ。といっても、おまえらは絡まれたとて倍にしてやり返すだろうがな」
笑う幸村に、少し離れて立っていた沙笑が不敵な笑みを返し、傀儡女たちの逞しさを請け合っていた。
幸村は久乃と早喜を従えて八丁目口から城外へ出ると左のほうへ歩いていった。地面がだんだん高くなる。
早喜は少し遅れて付いてゆきながら、戦場(いくさば)に来て一回り大きく感じる主君の背中に視線を注いでいた。九度山脱出の直前から幸村の秘めた熱さは表面化し始めていたが、ここにきて加熱しているように思え、それに伴い、早喜は幸村の精悍さに心ひかれ、彼に送る視線も熱を帯びてゆくのだった。
しばらく行くと、北に深い崖を有する二つの小山が見えてきた。
「ふむ。ここはなかなか良さそうな土地じゃな。小山を地ならしして……」
幸村が見回していると、向こうに人影が三つほどあった。近づいてみると後藤又兵衛主従であることが分かった。
「やあ、これは又兵衛どの。先ほどの評定では、それがしの意見に賛同いただき、かたじけのうござった」
又兵衛と聞いて久乃はその男の顔を見た。ややあって、少し顔色が変わったが、それに気づいたのは早喜だけだった。
「幸村どの。せっかくの具申が通らず残念だったのう」
「まったくでござる。……ところで、こんな所で何をしておられる」
「いや、ここに敵への足がかりとなる砦でもこしらえようかと思ってのう。じつは三日ほど前から杭打ちの手配をしており、明日には人足が入る見込みなのじゃ」
「これは奇遇。それがしも出丸を築こうと思案しておったが、先を越されたようじゃのう。ここは絶好の場所なのじゃが……」
「うまい具合に小高くなっており、戦うには良き陣所となるであろう」
「うーむ。これは困ったのう」