動き始める運命-2
そんなある木曜日の夕食後、絵茉が例の地下室へ行く時間が迫っていた。彼女は一馬から身に着けてきなさいと渡された大人のランジェリーを仕方なく身に着ける。彼と過ごす苦痛の2時間さえ耐えればあと1週間は自由に過ごせる。そう思いながら絵茉は部屋を出ようとした時、ドアをノックする音が聞こえた。一馬が部屋に来てしまったのだろうか?と思いながらゆっくりと扉を開けると、そこにいたのは絵茉の兄のような存在の秀慈だった。
秀慈は皆に優しく、笑うとできる笑窪が無邪気な少年のようだ。きっと普通に暮らしていたら絵茉も、非の打ちどころのない彼に恋焦がれていたかもしれない。本来ならば一馬の息子というだけで嫌悪感を抱くはずだが、絵茉は秀慈を嫌いにはなれなかった。自分が彼の父親とどんなに汚らわしい事をしているのか、彼は知らずに自分に笑いかけてくる。
それが一層絵茉を苦しめた。
「どうしたの、秀慈さん?」
絵茉はこの時内心焦っていた。また先週の様に時間に遅れてしまう。・・・でも実の息子には酷い事はしないかしら・・・?そう自分に言い聞かせる。
「ごめんね絵茉、こんな時間に。ちょっと頼みたいことがあってさ。」
「頼みたいことですか?」
「うん、絵茉は字が上手だよね。今度学校新聞を作ることになったんだけど、絵茉に書いてもらいたいんだ。」
「え?でも今どき手書きですか?パソコンは使わないんですか?」
「そんな時代だからこそ、手書きがいいんじゃないか。ちょっと部屋に入っていい?」
絵茉は困惑気味に承諾した。すでに時計の針は23時を回ったからだった。そんな様子の絵茉に気がついた秀慈は慌てて言う。
「大丈夫だよ、ほんの数分で部屋に戻るから!ちょっとだけ説明したいんだ。」
「はい、ちょっとだけなら・・・。」
そう言って絵茉は秀慈を部屋へと通した。
二人で机に向かい、秀慈はどこに何をどんな大きさで書く予定だと、説明を始める。
絵茉は頷くだけでほとんど頭に入っていなかった。カチカチカチ・・・と時計の針の音が刻む音だけが絵茉の耳に響いていた。