M-6
「今日、この後空いてる?」
7月20日、久しぶりに進藤と勤務が被った。
あれ以来、瀬戸とも進藤とも仕事上で関わるくらいで互いに何を言うこともなかった。
そんな日々だったが、進藤から突然そんなことを言われた。
断ることは出来なかった。
日勤業務を終えて、駅前へ向かう。
待ち合わせの店の前に立つ進藤に「遅くなってすみません」と頭を下げる。
「風間と2人でご飯食べ行くの、あそこ以来だね」と進藤が笑った。
”あそこ”とは、プリセプターでいてくれた時に行ったハンバーグ屋のことだろう。
今日はノンアルコールではないけど。
「お酒全然飲めないの知ってるから、無理しないでね」
前置きでそう言ってくれた。
「いやいや!飲みますって!」
「やだぁー!寝られたら困るもん」
「それは気を付けます」
笑いながら始まった2人だけの会合。
キッチンが目の前にあるカウンター席に案内される。
誘われた意味も知らないまま、病棟の話をする。
「でさー、堀越さんがさー!」
あの有名な病棟一怖い堀越の話になり、盛り上がる。
進藤さんの話は本当に面白い。
病棟あるあるを一通り話した後「ひとつ、言っておきたいことがある」と言われた。
2杯目のビールを飲んでいるところだった。
進藤の手には5杯目のビールだった。
「瀬戸さんのことだけど」
「え」
陽向は「タンマ!」と言った。
「何よ、タンマって」
「タイムのことです」
「分かってるよ!」
進藤はゲラゲラ笑った。
「で、なに?」
「瀬戸さんと付き合ってるんですか?やり直したってか……その…」
陽向はビールが入ったジョッキを何度か持ち直した。
同時にお手拭きで底を拭いた。
「そう見えた?」
この間のことを言っているのだろう。
見えたも何も…。
「一緒に居たってことですよね?バス停に…」
「うん」
「瀬戸さん車通勤なのに、バス停にいたなんてなんかおかしいなぁーって……よく考えたらそう思って」
そこまで言うと、陽向は「…すみません。気になったんで」と言った。
進藤はしばらく黙った後「バレたかー」と苦笑いした。
「付き合ってるよ、薫と」
”薫”という言葉を聞いて確信を持った。
「ビックリした?」
「…ハイ」
数秒間を置いて陽向は答えた。
分かっていたけど、やはりダメージは大きい。
好きとかじゃないけど。
どちらかというと、衝撃。
「で、その人の話なんだけど」
また話が戻る。
そうだ、”言っておきたいこと”の話の途中だった。
「風間のこと、心配…ってか、上手く言えないんだけどさ、なんか遠い存在になっちゃう気がするんだって」
「え…?どーゆーことですか?」
それから進藤は、あの日の事を話し出した。
瀬戸がそんなこと思うなんて意外すぎた。
むしろバカにされると思ってたのに。
「ライブが全部終わったら風間が風間じゃなくなっちゃうんじゃないかって、悲しそうにしてたよ」
「いや…そんな……」
陽向が言った矢先「え、Hi wayの陽向さん?!」と目の前で焼き鳥を焼いていたイカツイ女の子に話し掛けられた。
2人して黙る。
金髪…を通り越してもはや白髪レベルのブリーチのベリーショート。
進藤は隣で陽向の正体を明かすかそうでないかを躊躇って黙っているようだった。
「あ……そうです…」
「うっわ!マジで!ちょ……握手して下さいっ!」
「えっ?!あ、ハイ…」
陽向は目の前の女の子と焼き鳥の煙を掻き分けて握手した。
「すみません、こんな所で……ありがとうございます。最近、すごい好きで毎日聴いてるんですよ」
女の子は焼き鳥をひっくり返しながら笑顔で喋った。
大学生くらいだろうか。
「ありがとうございます」
多分、引きつった笑顔だ。
「やっぱ可愛いっすねー!」
「…あは、どうも」
首だけ動かし、帽子に手を当てて意味もなく直す。
「はい、これサービス」
不意に女の子が焼き鳥の5本盛りを目の前に差し出した。
5本中3本は砂肝だった。
「陽向さん、砂肝好きなんだよね?」
「へ?なんで知ってるんですか?」
「いつだかのライブでMCで突然焼き鳥の話してて、砂肝が好き!って言ってたから」
「覚えてないですよー!」陽向はケタケタ笑い「ありがたく頂きます」と言った。