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真田拾誘翅(さなだじゅうゆうし)
【歴史物 官能小説】

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 後日、風魔小太郎は高坂八魔多より九度山に由莉鎌之助がいるかどうかを調べるように言われたが、先日、曹洞宗光明寺の住職、蓮聖殺しをやったばかりでいささか疲れており、二の足を踏んでいた。そこで、己の手下で腕の立つくノ一を一人選んで紀州の山へ送ることにした。

「お頭(かしら)。……風魔一族が滅びた今、お頭もないけれど、他に呼びようがないから言うけどさあ、小太郎のお頭」

「なんだい、紅玉(こうぎょく)。持って回ったことをぬかしやがって」

「なんだってあたいが九度山くんだりまで行かなきゃならないのさあ」

紅玉が小太郎にしなだれかかりながら言った。着物の前が大きくはだけ、乳房が見えている。その柔らかい垂れ下がりを揉みながら、自称、風魔の六代目はおだてるように言った。

「男の伊賀者を送り込むと帰ってこないことが多いんでな。そこで、猫の化身ともいえるおまえに白羽の矢を立てたのさ。何処へなりと音もなく忍び込み、ねずみ(敵)を捕まえる紅玉さんでないと出来ない仕事なんだよ」

「うまく言いくるめようとしたってだめだよ。まずは、いくらもらえるんだい? それを聞いてからだよ」

「そうだなあ……、銭一貫文ってとこでどうだ?」

「けちすけだねえ、二貫文にしておくれ」

「……いいだろう。ただし半分は役目を果たしてから渡す」

「……やっぱり渋ちんだ」

「その埋め合わせに、今夜はたっぷり抱いてやるぜ」

小太郎は紅玉の身体を引き寄せ、乳房に当てていた手を尻へと回した。


 紅玉は「九度山くんだり」と言ったが、幸村の配流先は紀州の山々の最深部などではなく、紀ノ川を見下ろす小高い山という程度の場所であった。ゆえに、足を踏み入れるのは比較的容易であった。
 しかし、容易であるところに侵入者の油断が生じる。さほど深くない森では姿をさらけ出しやすく、真田屋敷のそれほど高くない塀は気安く乗り越えようという気になる。そんな森で筧十蔵・飛奈親子の銃口が狙っており、そんな塀の陰で由莉鎌之助の槍が待ち受けていた。高坂八魔多の送り出した伊賀者はことごとく鉛玉をくらい、槍の穂の餌食となった。
 そんな危険を小太郎に言い含められていた紅玉は心して九度山の麓へ近づき、細心の注意を払って木立の中を進んだ。そして、夜を待ってから山の集落へ入り、闇の深い場所を選んで駆け抜け、狙いをつけた家の屋根に音もなく上がり、屋根裏に忍び込んで中の様子を伺った。
 一軒目はどう見ても百姓の家で、二軒目もそうだった。しかし、三軒目で気になるものを見た。妙齢の娘が一人で巫女舞の稽古をしていたのだ。

『歩き巫女か……。真田も諸国の情勢を調べるに手抜かりはないようだな』

うなずき、梁を乗り越えて別の部屋を覗いてみる。すると火縄銃の銃身を磨いている男のわきで娘が左手だけに大きな石を持ち、上げ下げしていた。

『こやつ、何をしておる……。ははーん、腕を鍛えているのだな。この娘、女だてらに銃を扱うか。細腕では重い銃口が下がり気味になるからな』
紅玉はまたうなずき、さらに天井裏を移動して探ったが、この家に由莉鎌之助はいないようだった。
 
四軒目に移ると、そこで面白い光景に出合った。まだ若いようだが、姉妹とおぼしき大柄な女二人が、一本の摺子木(すりこぎ)の端を互いに女陰でくわえ込み、引っ張り合っていたのだ。綱引きならぬ、開(ぼぼ)での摺子木引きだった。

『けったいな眺めだな。なにをやっているのやら、あやつらは……』

失笑しそうになり、慌てて口を塞ぎ、他の様子に目を配ったが、ここも目当ての家ではないようだった。
 ひょっとして、夜、家にはおらず、主君の屋敷の警護に当たっているかもしれぬと思い立ち、紅玉は屋根伝いに跳んだ。
 一番大きい屋敷に辿り着き、自分の気配は消しつつ、塀や植え込みの陰に他人の気配がないかと神経を研ぎ澄ましたが、鼠が一匹通っただけで特に変化はなかった。
 いよいよ屋敷の中に入ってみようと決心し、紅玉は猫のような身のこなしで高い屋根に駆け登り、天井裏へと忍び込んだ。そして、広間とおぼしき部屋の所で、天井板の隙間から、そっと下を窺った。
 屋敷の主らしい男に対座して、二人の姿があった。一人は女人で、一人が彫りの深い顔立ちの男だった。

『あれが由莉鎌之助か?』

紅玉は彼らの会話の途中で名前の出ることを待ち、耳を澄ませた。
 ややあって、主の口から「ところで鎌之助……」という言葉が出た時、紅玉は思わず微かに、しかし鋭く息を吸い込んだ。
 それがいけなかった。

「くせ者!」

裂帛の気合いが聞こえたと思った時には手槍が天井板を貫き、紅玉の右足の甲をも刺し通していた。鎌之助の早業であった。慌てて天井裏を移動し、外の闇に身を躍らせたが、広間にいた女が常人とは思えぬ身のこなしで追ってきていた。紅玉は運が悪かった。よりによって傀儡女を束ねる存在である千夜が、この夜、幸村に招かれて屋敷に来ていたのだ。
 くノ一の先駆けは望月千代女という女人で、かつて武田信玄の耳となって働き、武田家発展に大いに尽くしたが、その千代女の血筋を引くのが千夜であった。
 紅玉は足の傷にもめげず屋根伝いに跳ぶことを繰り返したが、千夜の動きは飛鳥(ひちょう)さながらで、ついにくせ者に追いついた。
 刃物は使われなかった。一本の紐があっという間に紅玉の身体に巻き付き、身動きがとれなくなった。忍刀で紐を断ち切ろうとしたが、これが太く丈夫な真田紐であったため、切断かなわなかった。
 紅玉、あえなく捕縛され、幸村のもとへと連れ戻された。


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