『望郷ー魂の帰る場所ー第三章……』-1
《詳しい日時については追って僕から連絡する。ただし、この事は他言無用に願いたい。警察の手前もあるし、確証を得てからではないと報告しづらいだろうから。》
去り際の田神の言葉に頷いて、宏行は病院を後にした。生温い夜道の中を家路につく宏行。だが、その胸中は複雑であった。田神の言葉を信じていいのだろうかと……
医師である彼の提案に賛同しながら、それでもなお一抹の不安が頭をよぎる。しかし、だからといって成す術など宏行にはない。賽は投げられてしまったのだ。
重たい足取りのまま自宅の前まで来た宏行は、不意に視線を感じて路地の暗がりに目を向けた。心細げな街灯の先に何かがいる、暗くてわからないが確かに何かがそこにいて自分を見つめていた。
突如、背中から這い上がるゾワゾワとした感覚……
鼓動は早鐘を打ち、全身の毛穴から汗が吹き出る。
そして、首筋から伝わる痛みに顔をしかめた。
「……くっ……」
確かめてみなくてもわかる。それは例の痣が首筋に浮かび上がっている事を意味する痛みだ。
一日に二度も痣が浮かぶ事など今までになかった。
そして田神が指摘した、痣と事件の奇妙な符合性。
もし田神の言っていた事が確かなら、暗闇から自分を凝視する者の正体は……
初めて経験する恐怖に宏行の唇は渇いていく。そこにいる何かの射す様な視線は間違いなく自分に向けられている。
そんな暗闇を見つめたまま硬直している宏行の背後から、すっと延びた手が不意に肩の上に置かれた。
「どうしたの?」
「!!!」
刹那、肩に置かれた手を払いのける様に振り返った宏行は、聞き覚えのある声と姿に大きく肩で息をすると胸に手を当てた。
「ま、真冬……」
つかの間緩んだ気持ちを瞬時に引き締め、真冬を自分の背後に押しやると宏行は先程の暗がりに目を向けた。が、しかしすでにそこには何も無く刺す様な視線もいつの間にか掻き消えていた。
「ど、どうしたってのよ!宏行。」
「しっ!!とにかく中に入れよ真冬。早く!!」
玄関を開け、押し込む様に真冬を中に入れると辺りを伺った後に宏行は扉を閉めてカギを掛けた。と同時に安堵の息とともにどっと汗が吹き出していく。
「誰かが俺を見ていた。」
まるで閉まった扉の先の路上を見つめる様に、額に浮いた汗を拭いながら扉を凝視して宏行は呟いた。
「誰かって…誰よ?」
真冬の当然と言えば当然の台詞に宏行は肩を竦める。
「わからない……暗くて姿は見えなかったんだ。それより真冬、何でこんな時間に俺ん家の傍にいたんだ?」
その言葉を言い終えた途端に、宏行を見つめる真冬の表情は険しくなる。