『望郷ー魂の帰る場所ー第三章……』-9
テーブルに片肘を付いてストローを咥えたまま、真冬はふて腐れた様に呟く。
「ごめん……」
本来なら真冬の機嫌を直す為にあれこれと行動する筈の宏行だったが、今はそんな余裕さえ無いのだろう短く謝ると口をつぐんで小さな溜息を付いた。
「また溜息付いてる。一体どうしたってのよ宏行?そんなにあたしと一緒にいるのがつまんない?」
「違う!!違うんだ真冬。そうじゃなくて、その……」
強い言葉で即座に否定する宏行だが、俯くと同時にその先は尻窄みに声は小さくなっていく。
「またあたしに隠し事してるでしょ?」
その言葉に宏行は声を失ったまま顔を上げた。その表情で真冬は瞬時に理解すると宏行を真似る様に溜息を付いて小さく笑う。
「田神絡みなんでしょう?ねぇ、話してよ宏行。」
しばらく黙ったまま真冬を見つめていた宏行は、やがて静かに頷くと口を開いた。
「日取りが決まったんだ。」
「日取り?あ、例の何とか催眠とか言うアレ?」
「ああ…」
「で、いつなの?」
「明後日…だ。」
短く答えると、再び宏行は口を閉じる。その仕種に真冬は小さな疑問を抱いた。あれ程犯人を知る事を渇望していた様に見えた宏行が、日取りが決まった事を喜んでいない。寧ろ知る事を望んでいないみたいにさえ見える。
そこにはまだ自分の知らない何かがあるに違いないと真冬はそう思った。自分に対して言い淀む何かがあるんだと……
真冬の疑問の答えがそこに行き着くのに大した時間を必要とはしなかった。
テーブルの上で硬く握られた宏行の手に、真冬はそっと手の平を重ねて宏行を見つめる。
「あたしってそんなに信用出来ない?」
不意に真冬の唇から零れた言葉に思わず宏行の身体がビクンッと震える。
「どうしても言えないコトって誰にでもあるよね?だけど辛そうな顔をしてる宏行を見てるのは苦しいよ。あたしが宏行を支えてあげるコトは出来ないのかな?黙って見てるしかないの?」
淋しげな笑みを浮かべたまま、視線は真っ直ぐに宏行を捉らえていた。けれど、重ねられた手の平から伝わる微かな震えが偽らざる真冬の本音を宏行に告げている。
「真冬、お前……」
宏行に再び訪れる葛藤。
ここまで自分を心配してくれる真冬にはすべてを話すべきなのではないだろうか?宏行はつかの間思案する。
けれど……
今更ながらに宏行は思う。もし告げたとしても今、宏行の首にあの痣が現れている訳ではない。肯定的な田神でさえ目の当たりにするまで半信半疑だった話を真冬が自分の言葉だけで受け入れられるとは宏行には到底思えなかった。
そして、いくら推論とはいえ自分が知り得た内容を話していいのだろうかと思考は迷走していく。