『望郷ー魂の帰る場所ー第三章……』-7
いろいろな観点から推察してみても、現時点の情報からでは所詮は全て憶測の域を出ない。御山の受ける心身的ダメージを少しでも軽減する為に日程を延ばしてみたが、やはり彼の証言無くして事態は進行しない事を田神は痛感していた。
そして、彼の証言こそが全てのカギを握っているのだと。
「やむを得ん。すぐに準備をするしかないか……」
新たに咥えた煙草に火をつけて、勢いよく吸い込むと煙りを吐き出しながら田神はそう呟いた。
六月下旬……
暦の上ではまだ梅雨は明けていない。しかし、まだ午前中だというのに気温は30℃を越えて暴力的な陽射しがアスファルトを焼き、陽炎を立ち上らせている。
そんな茹だる様な暑さの中を宏行は自宅に向かって歩いていた。
あの彰人が襲われた事件から一週間が過ぎて、学校内は平静を取り戻しつつある。教員の徹底した箝口令に事件の詳細が漏れる事もなく、命に別状がないという事も合間って引き潮の様に騒ぎは沈静化していった。
それだけではなく、彰人の事件を機に学校内……
否、学校周辺においてさえ誰かが襲われたという噂すら聞かない。そんな事も要因の一つだっただろうが、ともかく見た目には学校内は落ち着きを取り戻している様に見えていた。
ただ一人、宏行を除いては……
『おっす、宏行。せっかく午前中で終わったんだぜ、こりゃカラオケっきゃないだろ?な?』
普段なら、そんな事を言ってくる筈の存在がいない。そして事件は解決などした訳じゃなく、未だに進行形なのだ。
ここ数日、首筋に痣が浮かび上がる事はなかった。
事件が収まるのと時期を同じくして、あの奇怪な現象は成りを潜めている。それは逆に言えば田神が指摘した様に、痣と事件が某(なにがし)かの因果関係を有しているとも取れた。
あれほど頻繁に現れていたのに、今は沈黙している。寧ろそれが怖い。
もし犯人が行動していないのなら、その理由は?
不意に宏行は彰人の言葉を思い出した。
『俺も詳しくは知らねえんだけど、夜に変な女が現れて質問するんだってさ。んで、答えられないと襲われるらしいぜ……』
質問して答えられないと襲う。まるで昔にあった都市伝説の様な話しで、にわかに信じ難い。が、しかし現実に起きている……
犯人の目的は、満足出来る答えを求める為なのだろうか?
ならば行動しない理由は答えを手に入れたからなのだろうか?
それは考えにくいだろう。自分の考えを打ち消す様に宏行は頭を振った。肌を焼く様な陽射しに吹き出る汗は、次第に別の汗に変わっていく。
犯人は行動を止めたのではない……
行動する必要が無くなったのだ。何故なら答えを持つ相手を見つけたから。