『望郷ー魂の帰る場所ー第三章……』-2
「なんで?…それはこっちが聞きたいわよ!落ち着いたらメールするって約束したじゃない!メールしても返事が無いから心配で何度も電話したんだよ?なのに繋がらないし、あたし宏行に何かあったんじゃないかって、いてもたってもいられなくて…それなのに……」
その瞬間、宏行は真冬との約束を思い出した。田神の病院に行った際に院内だからと携帯の電源を切っていた為、真冬からのメールに気付かなかったのだ。もっともあの状況下では電話に出られたとは思えないが。
「それより、宏行こそ何処に行ってたのよ!?」
切り返す様な真冬の質問に宏行は言葉に詰まった。
「…飯を…喰いに行ってたんだ……」
絞り出す様にようやく宏行は一言だけ呟く。
咄嗟に付いた嘘……
何故か本当の事を口にするのを宏行は躊躇う。そしてその脳裏に蘇る田神の台詞
《この事は他言無用に願いたい》
宏行は田神の元を訪れていた事を真冬に告げる事をやめた。田神に口止めされていた事も理由の一つではあるが、悪戯に真冬を心配させたくなかった事も本音と言える。
しかし、そんな言葉では説明出来ない何か……
宏行の内なる本能が言葉に歯止めを掛けたのだ。
伝えてはならないと。
「食事?」
「あ、ああ。一眠りして気分が落ち着いたら腹が減っちゃってさ。変な時間だったし何も用意されてないから仕方なく……」
取り繕うような宏行の台詞に渋々頷く真冬だが、その目は猜疑心に満ちていた。
「で、飯を頼んで待ってる間に真冬に連絡しようとしたら、携帯が充電切れで……」
「………」
「もう注文しちゃったし、さっさと食べて帰ってから連絡しようと思っててさ。そしたら……」
そこで宏行は再び言葉に詰まる。しかしそれは言い訳を考える為では無く先程の出来事を思い出してしまったからである。
あの暗闇からの視線。それは見ているといった生易しいものでは無く、射竦めるような強さだった。
「本当なのね?」
静かな抑揚の無い低い声に宏行が振り返ると、そこには俯いたままの真冬がいた。
「本当に食事しに行ってただけなのね?」
黙っている宏行に再度真冬は尋ねる。
「どういう意味だよ?」
問い返す宏行に真冬は無言で首を振った。
「もういいの。あたし帰るから鍵を開けて。」
俯いたまま抑揚の無い声で呟き、脇を通り抜けようとする真冬を宏行は慌てて押し止める。
「待てよ!まだ危険かもしれないんだぜ?もう少し……」
「離して!」
掴まれた肩を振りほどき、真冬はドアノブに手を掛けた。まるで一秒もこの場にいたくないとでも言うみたいに真冬はガチャガチャと乱暴に鍵を開けようとしている。その手を強引に押さえる宏行を振り返って見つめる真冬の瞳は涙に濡れていた。