『望郷ー魂の帰る場所ー第三章……』-10
一方、頭の中でそのどれとも違う何かが宏行に歯止めを掛けている。再び鳴り出す警鐘が口を閉ざさせるのだ。
一体、何故?
その理由は宏行自身にもわからない。そう、今の宏行にはわからなかった。何故、自分が狙われるのかその目的も理由も……
「真冬……正直に言うと、お前に話していいのかどうか迷ってる。田神の話は仮説だからどこまで本当かわからないけど、裏付ける要素がありすぎるんだ。もし、すべてが事実なら俺は怖い……犯人を知る事が怖いんだよ。」
小刻みに震える宏行の身体が大袈裟じゃなく事件は自分の想像しているよりも深刻な事が真冬にも容易に想像出来た。
「宏行がどうしても辛いなら無理に言わなくていいよ。だけど、何も出来ないのは正直悔しいな……」
視線を逸らして真冬は呟く。宏行が自分の為を思って話さないでいる……その事は痛い程に理解出来た。
それでも真冬は話して欲しいと思っていた。苦悶とも言える表情を浮かべる宏行の力になりたい……
今の彼女にとってはそれこそが重要だったから。
ガタンと椅子を引く音とともに突然宏行は立ち上がる。そして目を閉じると深呼吸をひとつして少しの間を置いてから再び目を開いた。
「真冬、今から俺ん家に行くから来てくれ。」
「今から?」
「ああ、やっぱりお前には話しておこうと思う。」
「いいの?」
その言葉に宏行は黙って頷く。
再三に渡る警鐘を振り切り、宏行は真冬に打ち明ける事を選択した。原因のわからない不安に従うよりも、自分を心配してくれる存在の方が大切だ。半ば強引に心の中で宏行はそう結論付ける。
そんな宏行の無言の返事に頷き返すと真冬も立ち上がり、二人は店を後にした。
「そこらへんに適当に座ってくれよ。なんか飲むか?」
「ううん、気を遣わないでいいよ宏行。」
店を出て数十分後、二人は宏行の部屋の中にいた。
「少し、長い話になるかもしれない……アイスコーヒーでいいよな?」
真冬の為というよりは自分の為といった感じで宏行は部屋を出て行く。程なくしてトレイに飲み物を乗せて宏行が戻って来るまでの時間は僅かなものだったが、真冬にはとてつもなく長く感じられた。
机の上にトレイを置くと、ベッドの縁に腰掛ける真冬の側まで椅子を引いて背もたれを前にして肘を乗せる様に宏行は座った。
「話す前に真冬に言っておきたいコトがあるんだ。」
「…うん……」
「まず、最後まで黙って聞いて欲しい。そして、あくまでもこれは推測の上での話だということを断っておく。だけど……」
一瞬、宏行は言葉に詰まる。小さく息を吸い真っ直ぐに真冬を見つめると、小さくではあったがはっきりとした声で言った。
「俺は真実だと思ってる……」
気持ちを鎮める様に二、三度深呼吸をすると、宏行はゆっくりと話し始めた。