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王国の鳥
【ファンタジー その他小説】

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アールネの少年 4-5

※※※


「お、戻ってきたようだ」

 シェシウグル王子がそう言って焚火から顔を上げた。
 つられて彼の視線を追ったエイは目を疑った。
 彼らの頭上高く、晴れた星空を背に何かが浮かんでいた。
 黒い猛禽ではない。翼をもたない、おそらく人間大の塊が、ぷかぷかと風にたゆたいながらゆっくりと降りてくる。
 見守るうちに形がはっきりしてきた。それは地上に背を向けた、一人の女だった。
 信じられぬ思いでエイが腕をさしのべると、ゆるやかに落下していた女の身体は、彼の手の上で一瞬静止した。
 人体が綿毛のように漂う、ありえない現象に目を丸くした、と思ったとたん、どさり、と唐突にエイの腕に女の体重がかかった。彼女の落下速度を低下させていた力が、一気に失われたのだ。

「わあっ」

 痩せた女の身体はさほど重いものではなかったが、何しろ突然のことだ。取り落としそうになって、エイは慌てて飛び付くように抱き止めた。
 あたふたとしている間に、間近に新たな影が現れた。
 ふわり、と人間態のアハトがどこからか降り立ったのだ。

「お、お帰り、アハト」

 がくがくと震えて足腰の立たない様子の女を支えてやりながら、エイは反射的にそう口にした。
 アハトは怪訝に彼を見上げ、数秒何か思案してから応えた。

「……………ただいま」

 シェシウグル王子が呆れたように口をはさんだ。

「おいおい、女連れか? 子供を連れに行ったはずだぞ」

「子供は今来ます」

「来る?」

 シェシウグル王子が眉をひそめたとき、上空から細い悲鳴が耳に入った。
 キャアアア、と叫び声は糸を引くように続き、みるみるうちに大きくなる。
 何事かと二人が目を上げると、女と同じ経路をたどって小さな影が近づいてきていた。
 今度こそ通常の落下速度で。

「うわっ……」

 小さな子供の姿が目の高さを通過した瞬間、無惨に地面に叩き付けられる様を見まいと、二人は反射的に顔をそむけた。
 しかし耳を覆いたくなるような衝突音が聞こえることはなかった。怖々と顔を上げた先では、アハトがしっかりと子供を受け止めていたのだ。
 聞こえてきたのは恐怖の絶叫かと思われたのだが、声の主は弾けるような笑顔を浮かべていた。色白の頬を紅潮させ、目はきらきらと輝いている。

「ね、もう一回! もう一回やって、魔法使い!」

「これで終わりだ。もうしない」

 すげなく断られ、幼児は、えーっと不満げに口をとがらせた。

「おいアハト、その子が?」

「北ナブフルのセリス王子です」

 すとん、と子供を地に降ろしながらアハトは応じた。
 無造作な手付きで、風圧に乱れ放題に乱れた髪の毛を軽く直してやってから立ち上がる。

「どうしてまた落ちてきた。上空で何かあったのか?」

「空から飛び降りるから受け止めてほしいというので、そうしたまでです」

 シェシウグル王子は、あはは、と声をたてて笑った。

「高いところが好きなのか? 豪気な王子だな」

 アハトはセリス王子をシェシウグル王子の前に押し出すように小さな背中に手を添えた。
 無邪気にはしゃいでいた幼王子は、一転して不安に揺れる眼差しをセギュンとアハトに交互に送った。
 侍女が頷いて見せると、彼はほっとしたようにシェシウグル王子に視線を戻した。

「俺はロンダ―ン王リフェルの嗣子シェシウグルだ。お初にお目にかかる、北ナブフルのセリスどの」

「こんにちは、わたし、は、北ナブフルのセリス・ダスク王子です。……お会いできて、こうえい、です」

 セリス王子は緊張した面持ちながら、ぴんと姿勢を正して挨拶し、最後にぺこりと頭を下げた。

「ちゃんと挨拶できて偉いな」

 シェシウグル王子は破顔して、幼児と目線を合わせるように膝をついた。

「貴国には災難だったが、あなたをお助けできてよかった。我がロンダ―ンは同盟の威信にかけて貴国の復興に助力させていただくゆえ、どうか憂慮なきように」

 彼の口上をどこまで理解できたかは不明だが、セリス王子は目をぱっちりと見開いて頷いた。

「はい……ありがとうございます」

 よし、とシェシウグル王子はセリス王子の頭をくしゃくしゃと撫でた。
 びっくりしたように硬直した幼児に気付かぬふうに、シェシウグル王子が立ち上がる。

「よし、行こうか」

 そう、エイとアハトに向かって指示を出したとき、幼児のあわてた声が響いた。

「あのっ」

「うん?」

 呼び止められ、シェシウグル王子は中腰のまま振り返った。

「おれの国をたすけてくれるって、あの……」

 セリス王子は、何か重大なことを口にする前準備に、ごくりとつばを飲み込んだ。

「おれが、王になるのを、てつだってくれますか」

 幼子の緊張した、真剣な表情にシェシウグル王子はひとつ瞬きをした。彼がある種の感動に打たれたであろうことは間違いなかった。
 彼は再びセリス王子の前に膝をつき、小さな手をとった。
 おびえて反射的に退きかけた手を、かまわず開かせ、ぐっと握りしめる。

「無論だ。約束する」

 幼児の無意識にこわばった頬が、ほうっとゆるむ。
 一連の変化が、彼が晒されていた状況の厳しさを物語っていた。
 安堵と不安の素直に入り混じる、無防備な表情を見届けて、シェシウグル王子はひとつ大きく頷いた。


※※※


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