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王国の鳥
【ファンタジー その他小説】

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アールネの少年 4-6

※※※


 頷いてから、シェシウグル王子はおもむろにセギュンの方に目をやった。

「で、お前は何者だ?」

「セギュンは、おれの侍女だよ」

 不意に注意を向けられて、あわてて姿勢を正した彼女をかばうように、セリス王子が前に立つ。

「セギュンというのか。歳は?」

 不躾な問いに、侍女は目を丸くした。

「じゅ、十九歳でございます。ロンダーンの王子殿下」

「そうか。年上か……」

 シェシウグル王子は何か考え込むように顎に手をやった。
 その意味するところがわからず、セギュンは困惑の表情でセリス王子と、それからアハトを見たが、彼から安心させるような反応を得ることはできなかった。目をそらすでも頷くでもなく、ただ静かに立っている。

「まあいい、よろしく頼む。こっちはアールネのエイ。俺の捕虜だ」

「捕虜?」

 セギュンは眉をひそめた。

「アールネの……エイ。灰色の髪の……」

 エイを見つめながら何やらつぶやいてから、彼女は突然、はっと目を見開いた。

「アールネの怪人……!」

「その怪人本人だが、心配無用だぞ。そこの魔法使いが魔法で言いなりにしているからな」

 シェシウグル王子は真顔でいい加減なことを言った。
 大いに疑わしげな視線に晒され、エイはいたたまれずにうつむいた。
 彼らの反応を意にも介さず、王子が続ける。

「知ってのとおり、こいつはアールネ公の実弟だ。こいつを利用してアールネと話をつける。少し根回しが必要だが、ほどなく王都は北ナブフルの民に戻るだろう」

 ちらりとエイの方に目配せしてから彼は言った。

「そういうわけだから、しばらくまともな暮らしは辛抱してもらうぞ。女の身には厳しいと思うが」

「わたくしのことなど……」

 セギュンは静かに首を横に振った。

「セリス様はあんなに幼いのに、気丈にわたくしごときまで気づかってくださって。どうかセリス様だけでも、安全な場所にお移し申し上げたく……」

 お願いします、と深く頭を下げた彼女を前に、王子は腕組みした。

「確かに、連れて歩くわけにはいかんな」

「本隊の野営地まで連れて行きますか」

 二人を示してアハトが言った。シェシウグル王子は眉を寄せた。

「あんなところで誰が面倒見るんだ」

「小姓も女騎士もいくらでもいるでしょう」

「よしてくれ。女騎士連中に子供の世話しろなんて言ってみろ。また待遇差別だなんだと騒ぎになるだろうが」

「では、そもそもどこに匿うつもりだったんです」

 ぼやく王子にアハトは質した。攫ってこいと指示したのは彼だ。

「そりゃお前、当面人質がいなくなればいいと……」

「……考えていなかった?」

 非難がましいアハトの声音に、シェシウグル王子はあさっての方向を向いた。
 無計画さにあきれたアハトは、それ以上問い質す気にもなれず踵を返した。
 焚き火を珍しげに観察していたセリス王子が、魔法使い、と彼を呼んだのだ。
 彼は呼ばれるまま、シェシウグル王子を放ってそちらへ向かった。

 焚き火にぎりぎりまで近づいて手をかざしながらセリス王子は言った。

「ね、ね、魔法使い! 花火だせる? まえにお誕生日会にきた魔法使いは、花火とかハトをいっぱいだしてくれたよ」

「それは手妻使いだ。魔法使いはそんなことはしない」

「えーっ、つまんない」

「花火は魔法で作り出すには複雑すぎる。燃焼剤に手で火をつける方が簡単だ」

「ねんしょうざいってなあに?」

 幼王子は不可解そうに首をかしげた。

「硝石と硫黄、木炭を混ぜて……」


 その様子を眺めながら、シェシウグル王子はひとつ頷いた。

「意外な一面だな。子供の相手がうまい」

「あれはうまいっていうんですかね……?」

 エイには、とりとめもない子供相手に生真面目に返事をして、奇跡的に会話が成り立っている状態に見える。

「決めた。あの二人はひとまずベルたちに預けよう」

「ベル?」

 覚えのない名に首をかしげた彼に、シェシウグル王子はあきれて口を開けた。

「お前というやつは、自分で助けた女の名も聞かんのか」

 そこまで言われて、エイはようやくその名の主に思い当たった。
 そういえば、匿ったときも逃がしたときも、昨夜泊めてもらったときにも名前を聞いていなかった。
 彼女は「アールネの怪人」としてエイの名を知っていたが、そもそも自分から名乗った記憶もない。特に必要とも感じなかった。二度と会うこともないはずの相手だったのだ。

「もったいない」

「な、なにがですか」

「なにがってそりゃあ」

 彼は意味ありげに言葉を止めたが、察しの悪いエイには伝わらなかった。

「あの娘のお前を見る目に、気付かんわけじゃあるまい」

「見る目?」

 わからぬ風に眉をひそめたエイに、シェシウグル王子は大げさに体をひいた。
 信じられないものを見るように彼の顔をまじまじと眺める。

「お前、さては面食いだな?」

「えっ、」

「かわいそうに、ベルも十分可愛いと思うがな。さすがに宮仕えの女にはかなわんが」

 あれは美人だ、と彼は腕組みしながら深く頷いた。
 そんなものだろうか。エイは首をかしげた。
 宮仕えの女とはセギュンのことだろう。
 焚き火に近づく幼王子を心配そうに見守っている侍女に目をやってみるが、彼女は顔色が悪く痩せすぎているように彼には思えた。そればかりが目について、顔立ちが整っているかどうかなどわからない。
 比較しようにも、あの娘、ベルの顔もはっきりと思い出せない。顔などよく見てはいなかったのだ。


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