伍-3
狐狸婆の住まいは江戸城半蔵門を出て少し行った山元町にあった。外から見た様子は古く汚く間口が狭かったが、入ってみると小綺麗で奥行きがあった。その突き当たりの座敷から艶めかしい女の喘ぎ声が聞こえていた。もちろん狐狸婆のものではない。彼女の娘、お龍の声だった。
「ああ〜〜〜〜、いいよぅ〜〜〜〜。小太郎さん、もっと突いておくれ〜〜〜〜」
嬌声の調子では、まぐわって一度登り詰め、さらなる快味を貪ろうという頃合いのようだった。
薙刀の道場で師範を務めるお龍の身体は引き締まってはいるものの適度に脂が乗っており、性の旨味を最も味わえる年頃……三十路女特有の好色さを放っていた。
閨の相方は六代目風魔小太郎。こちらも齢(よわい)三十で交情に脂が乗る頃だった。
「ほうら、お龍。もっと逝かせてやるぜ。……これはどうだ……、ん?」
後ろ取り(後背位)で女の尻に腰を打ちつける。血管が木の根のように走った魔羅が激しく打ち込まれ、愛液が飛沫を上げる。
「ああうっ………、また……、また逝っちまうよう〜〜〜。…………ああーーーーっ!!」
布団へ顔を突っ込み、尻を跳ね上げ、腹を震わせる。小太郎は腰の振りを止め、悪相に下卑た笑みを浮かべる。そして、お龍のひくつきがおさまったのを確認すると、やおら腰の動きを再開し、またもや女から甘い呻吟を引き出す。
その様子を、隣の部屋から狐狸婆が窺っていた。そして、小太郎に声を掛ける。
「どうだえ、凄いもんじゃろう、わしがお龍に飲ませた今度の淫薬、法悦丸の効き目は」
すると小太郎は女を攻めながら笑い飛ばす。
「今お龍がヒイヒイ言ってるのは俺様の魔羅がいいからさ。おばばのこしらえた薬のせいなんかじゃねえよ」
「ふん、なにをほざく。八魔多じゃあるまいし、女をこれほど狂わせられる男がいるものかい。おまえ相手だと法悦丸なしじゃ、お龍はあくびしながらまぐわってるよ」
「ずいぶんな言われようだな。……しかしおばば、今度の薬で何作目だ? この前こしらえた男用の帆柱丸は滅法効いて俺の魔羅が勃ちっぱなしだったが……」
「そうじゃのう……、女用が催潤丸、歓喜丸、淫邪丸、法悦丸の四つ。男用が通芯丸、長命丸、帆柱丸の三つかのう」
この狐狸婆、幕府が密かに雇っている呪術師であり、卜占の他に媚薬を作ることもしているのだと、小太郎には自分のことを吹聴していた。
「しかし、じつの娘に薬を飲ませ、その効き目を確かめるなんざ非道い母親だぜ」
「なにを言う。お龍は自ら進んで薬を飲んでおる。今じゃ薬なしのまぐわいは味気ないんだとさ」
「昼間の、凜とした薙刀師範のお龍とは別人だな」
その別人は、小太郎の青筋立つ肉竿と法悦丸のせいで欣喜淫堕。よだれを垂らしてのたうち回っていた。
四半刻(約30分)後、操る者のいない手遣い人形のようになったお龍を布団に残し、二発ほど精を放ってすっきりした小太郎は、そのまま帰ろうとしたが、狐狸婆に捕まって酒飲み話に付き合わされていた。
「ばばあのくせに晩酌とは……。毎晩飲んでるのか?」
「そうじゃよ。酒は百薬の長。三合くらいなら毎晩飲んだほうがいいのさ。男の場合、毎日したほうがいいのは精を放つことじゃ。壮健なまま長生きする」
「毎日だと? 腎虚(房事過度のためにおこる衰弱症)になっちまうぜ」
「そんなこと言ってるようじゃ、八魔多の跡継ぎにはなれないね」
「俺はべつに、跡継ぎなんざ狙ってねえよ」
「どうだかねえ……。それより聞いたかい? 京の方広寺大仏殿の話」
「ん? 方広寺の大仏殿? 亡き太閤が建てたが、関ヶ原の戦の前に焼けちまったんだろう?」
「それを今、息子の秀頼が再建中じゃ」
「それがどうした?」
「鐘楼も焼けてしまったので鐘も作り直すという話じゃ」
「そうなのかい。出来上がるのはいつ頃だい?」
「まあ、おそらく五、六年後じゃろうな」
「まだずいぶん先の話じゃねえか」
「まあ聞け。……鐘を鋳造する時には銘を刻む。その銘を考えることになりそうなのが臨済宗南禅寺の長老だった清韓という男。……わしの知己じゃ」
「知己などと気取るなよ。おばばが若かった頃の情夫だろう?」
「ま、平たく言えばそうじゃな」
「で、その清韓とやらが銘を考えるのが、何か問題でもあるってえのか?」
「内府(家康)から密かに言い含められていることがある」
「というと?」
「鐘の銘文の内容は目出度いものにすることは当然じゃが、密かに禍々しい言葉も盛り込め、というのじゃ」
「豊臣家を呪う言葉でも入れるのかい?」
「それとは逆じゃ。内府を呪う言葉を織り交ぜる」