主役不在U〜主役健在〜-5
「姐さん、後生や。この縄、解いておくれやす!!」
亜紀達の姿を向こうも確認したのか、今度はしっかりした声で助けを求めてきた。
「物凄く、物凄―く、罠の予感がしますよ。て言うか、予感じゃなくてあからさまに罠でしょ」
露骨に訝しい顔を見せるミツル。
勿論、亜紀もその意見に賛成である。そして何より生理的に受け付けない。
「と、いう訳で、今晩は帰りましょう」
あっさりとウサギを見捨てる亜紀。
「そんな殺生な!そら、今まで色んな本の中の人、仰山出してきましたけど、それはわてが出しとうて出してきたんやおまへん。わてが出た後から皆が勝手にこちらに出てきよるんや。わてが悪いんやない。そやから見捨てんといてぇな」
ウサギの切実な訴えに、亜紀は鼻で笑ってかぶりを振った。
「だから、あんたが出てきたら他の連中も出てくるから、そもそも出てくんなって言ってんでしょうが」
「いやぁ、そら無い、そら無いで、姐さん。わてがこっちに出てくんのはほんの‘てんご’、お茶目でんがな。可愛いウサギのほんのちょっとした悪戯や。人間たるものもっと広い心を持たなあかん。我慢、堪忍、忍耐や。そうでっしゃろ。それにわて等、本の中の住民かて、始終じっとしとったらしんどいがな。わて等かて感情がある以上、人格権がやなぁ……って、姐さん、ちょっと待ちぃな、待ってぇな!!」
ウサギの言うことに耳を貸さず、プールサイドを立ち去ろうとする亜紀。
しかし、その時、轟音と共にプールから水柱が上がり、得体の知れない生き物が飛び出してきた。
驚いて振り返る亜紀とミツル。
見ると水から飛び出してきたのは禿頭の老人であった。
しかし老人とは言え筋骨逞しく、逆三角形の体は皺の刻まれた顔にはおよそ似つかわしくなかった。
「ぐえ、気持ち悪……」
甚だ失礼ではあったが、亜紀の口から本音が思わず出てしまった。
「どこまでも失礼な奴じゃ!」
老人は激昂した。
「あの、あなたもしかして……」
おずおずと口を挟むミツル。
「その丸いメガネと黄色い僧服。もしかしてガンジーさん?」
「如何にもガンジーじゃっ!!前回はその小娘に問答無用で昏倒させられたが、今度はそうはいかんぞ。雪辱を果たすために鍛えに鍛えたこの肉体!見よっ!!」
マッチョガンジーはそう言うと、筋肉を誇張するポーズを取り、力を込めて膨張させた。
「体を鍛えただけでなく、格闘技の鍛錬も積んできた。今日、この日の為に!」
そう言うとマッチョガンジーは亜紀に襲いかかってきた。
反射的に身を躱す亜紀。
しかし、逆にマッチョガンジーに行く手を遮られてしまう。
「ホッホッホッ!逃しはせんぞ小娘!それ、皆の衆!今じゃ!」
マッチョガンジーがそう言って片手を上げると、それを合図にプールから無数の老人が飛び出してきた。
「じ、爺ぃエイリアン……」
思わず顔を引きつらせる亜紀。
暗がりの中、筋肉爺さん達の無数のメガネがこちらを見つめる様は不気味以外の何者でもない。
「うわぁあ、偉人の本が多かった理由はこれか!」
ミツルが思わず口走る。
「挿絵ガンジーとは言え多勢に無勢で女の子に襲いかかるとは見下げ果てたものね」
亜紀はそう言うとモップの柄を握り直し、油断なく構えた。
「ええい、問答無用でいたいけな老人を殴り倒しておいて何を言うか!それにあの時、儂は悟ったのじゃ、力無き理想は絵に書いた餅じゃとなっ!」
「いやいや、あんたガンジーでしょ?」
ガンジーの短絡的な言葉にミツルは疑問を投げかけたが、当然、ガンジーの耳には届かない。
刹那、立ち塞がっていたマッチョガンジーが再び殴りかかってくるが、今度も亜紀は身を躱し、ミツルも必死の思いで筋肉老人の脇をすり抜けた。
廊下に飛び出す亜紀とミツル。
追いかけるマッチョガンジー軍団。
「うっわーっ!殺されるぅうっ!」
情けない悲鳴を上げ、必死の形相で走るミツル。
「逃げてばかりじゃ駄目よ、西園寺!あいつらを何とか倒して本の中に戻さないと!」
「そ、そんな事言ったって無理ですよぉ!」
「無理でも何でもやるっ!あんた男でしょ!!」
そういう亜紀も本能的に立ち止まれないでいたが、ある程度落ち着いてくると覚悟を決めて戦う算段を頭の中に巡らせた。