主役不在U〜主役健在〜-2
「黒のラインが入った黄色のツナギって、なんのコスプレですか……」
呆れた声を出すミツル。
「何、言ってんの、何が起こるか分からない危険な場所へ赴くのよ。動きやすい格好で行くのは当たり前じゃない」
「僕は夜の学校へ行くのであって、悪党と戦いに行くんじゃないですよ?てか、危険な場所って……危険な場所って……」
ミツルは言葉を反芻しながらも、体は亜紀の後を付いて行く。理性では拒んでいるのに、それに抗いきれない何かがミツルを動かしているのだ。蛇に睨まれた蛙か、催眠術にかかった道化師か。
やがて、人気のない通学路を抜けると、芳流閣学園に着いた。
夜の学校というのはやはり不気味なものである。
街中では空が狭いが、校庭がある為に空が広く、高く感じる。
深い藍色の空を黒く大きな雲が流れていく様は不安を掻き立て、白く大きなコンクリートの塊は何かそれ自体意思を持っているようでもあり、暗い窓は虚ろな眼孔のようにこちらを見つめている。
「やっぱりやめておきましょうよ。昼間ならいざ知らず、夜に本の中の登場人物が何をしていたって御伽噺みたいなもんじゃないですか。そんなのは僕らに関係ない。放っておけばいいじゃないですか」
亜紀の肘を引っ張るミツルだったが、亜紀の意思は変わらない。
「夜だろうと昼だろうと、時空の歪をそのままにしておけば世界の崩壊に繋がるの。何層もの位相空間は非常に危ういバランスでこの次元を維持しているわ。それが何度も刺激を受け続ければ、いつ崩壊するかもしれない」
「……何というか、それって司書の仕事ですか?」
「他の誰の仕事だって言うのよ!」
ミツルの言葉を、亜紀は言い終わらないうちに遮った。
「まあ、西園寺が不安に思うのは仕方がないことかも知れないわね。だったら、心配がないようにこれを頭に巻いておきなさい」
そう言って差し出されたのは一本のハチマキであった。ハチマキの真ん中には僕は絶対死にませんと書かれている。
「何なんですか、これ?」
「本の中の世界に位相が近い空間では文字が世界に影響を及ぼすのは知っているわよね。つまり、絶対死にませんと書かれていれば、絶対死なないのよ」
「つか、これって思い切り死亡フラグじゃありません?」
「行間を読むな!嫌なら返せ!せっかく作ってきてやったのになんだその態度は!!」
情けない顔をするミツルに、亜紀は目尻を吊り上げた。
「いや、もらいます。使います。是非使わせてください!」
不吉な感じがするものの、あちらの世界については亜紀の方が詳しい。その亜紀が大丈夫というのなら大丈夫なのだろう。多分。
「……それに、折角先輩が作ってきてくれたんだから」
ミツルは口の中で呟いた。そして心の中で続けた。
「(でも、本当に危ないと思った時だけに頭に巻こう)」
ともあれ、亜紀とミツルは学校裏から塀を乗り越え、昼間鍵を開けておいた窓から校舎の中へ侵入した。
持ってきた懐中電灯で廊下を照らしながら、まずは図書館へと二人は向かった。
「あれ?誰かいる」
引き戸の隙間から光が漏れており、亜紀は首を傾げた。
「お化けですかね?」
固唾を飲み下すミツル。
「オバケはいない。いるは本の中の住人だけよ。得物がないのは心許無いけど、行くわよ」
そう言って勢いよく戸を開ける亜紀。
果たしてそこにいたのは、白い着物を着た妙齢の美女であった。
「あら、こんばんは」
着物を着た美女はパソコンを使って何やらしていたようだが、亜紀たちが入ってきても特に驚いた様子を見せずに挨拶の言葉を発した。