肆-3
お国一座が興行を打ったのは赤坂の溜池沿いにある火除け地だった。噂に聞く出し物とて老若男女群集して押すな押すなの大賑わい。
仮ごしらえの舞台だが派手な色の幔幕を張り巡らし勢いよく篝火も焚く。はじめは、六郎の笛に合わせて宇乃ら若い娘たちがそろって踊り、目新しい快活な所作に女たちは興をそそられ、短めの裾からのぞく脛に男どもは鼻の下を長くした。
そして、いよいよお国の出番となると踊る前からやんやの喝采。
刀と扇を優雅に打ち振り朗々と唄いながら舞い始める。そして次には閉じた扇子と刀剣で二刀流の剣舞もどきを披露する。強い目力と隈取り仮粧(けわい)で客を釘付けにし、男の装いを巧みに取り入れた絢爛豪華な着物を翻して観衆の心を奪う。かと思えば宇乃扮する茶屋の女と戯れる様子を淫らに演じ、下卑た笑いを誘う。千両役者とは百年余も後世に生まれる言葉だが、歌舞伎の元となる奇態な踊りを見せるお国こそ、まさに千両役者に値(あたい)した。
「国姉(ねえ)、今日はやるかい? あの出し物」
舞台からいったん下がったお国に、宇乃が尋ねる。
「東国では金精様(こんせいさま)を祀る所が多い。上方よりも受けるだろうよ。やっちまいな」
座長の許可が下り、宇乃は仲間に合図する。娘らは勃起した男根の木彫りを両手に持ち、舞台に駆け上がる。そして、妙な節回しで、「子安や子安、縁結び、商売繁盛、厄払い」と繰り返し唄い、舞い踊る。
やがて、宇乃が女陰をかたどった大きな張りぼてを持って登場。模造の男根を持った娘らは宇乃の掲げる女陰めがけて殺到する。「めでたやな、あな、めでたやな」の詠唱とともに無数の男根が女陰の前でもみくちゃになる。そこへ、拍子木の一拍。続く静寂。
舞台そでからゾロリ……と現れたのは、ひと抱えもある大きな男根の張りぼてだった。辻に祀られる陰茎形の道祖神にひけをとらぬ、そんな大物を担いで出てきたのは白装束のお国だった。
大業物(おおわざもの)の登場に恐れをなした小振りの男根たちは下手へ消え、残りしは宇乃が持つ女陰とお国が捧げ持つ巨根だけ。
宇乃がうやうやしく女陰を舞台中央へ据えると、その前で仁王立ちになったお国が男根を逆さまに持ち、抱え上げる。そして、「よいしょっ、よいしょっ」の掛け声とともに男根の先を女陰へ打ちつける真似をする。餅つきは交接の隠喩でもある。また逆に、交接が餅つきに例えられることもある。舞台でのお国の所作は卑猥であったが豊作祈願の神事に通じるものでもあった。「よいしょっ、よいしょっ」の掛け声は、一座の娘らが唱和し、やがて、観衆をも巻き込んで大きなものとなった。
この様子を離れたところから眺めていた由利鎌之助は、
「なるほど、これは傾(かぶ)いた大見世物。黒山の人だかりとなるのもうなずける」
苦笑と感心の入り混じった表情だった。いっぽう、彼の傍輩である海野六郎は舞台の下で、投げ与えられる銭を笊で受けるのに大わらわ。その娘の宇乃は舞台にて満面の笑みで諸手を挙げ、観客を煽っていた。
それから約ひと月後、真田十勇士きっての銃使い、筧十蔵とその娘、飛奈は、紀州九度山の林の中で鳥獣を撃ちながら、近ごろ動きが活発になってきた徳川方の伊賀者(忍者)を狩ることもしていた。そしてこの日、一人の曲者の脚を、飛奈の撃った弾丸が浅くえぐった。
火縄銃の鉛玉は現代の銃弾に比べ柔らかかった。それゆえ、身体を貫通するのではなく弾丸が体内でひしゃげ、留まる。恐ろしく殺傷力が高い。軽く当たるだけだと銃弾は飛び去るが、それでも肉をいくらかもぎ取った。
撃たれた曲者は激痛で昏倒。十蔵・飛奈親子に捕らえられ、真田昌幸の屋敷へと連れてゆかれた。
「大殿。この曲者の始末、どういたしましょう?」
幸村の問いに昌幸は、敵方なれどまずは傷の手当て。しかるのち、素性を調べよと答えた。
「おそらくは家康の抱える伊賀者かと思われますが、あとで責めてみますか」
「ふむ。……分かっていると思うが、ほどほどにな」
「はい。ほどほどの責めを施したのち、解き放ちます」
幸村の言葉の通り、曲者は脚の手当を受けながらも、素性を割るように責められ、それでも口を閉ざし続けると、やがて諦めたのか「放免だ。どこへなりとも消え失せい」と言われた。
曲者はこれ幸いと山路を急いで江戸方面へ戻ろうとしたが、なにぶん片脚負傷ゆえ駆けることが出来ない。半日歩いたところで宵闇に包まれてしまった。どこぞで野宿を、と思った時、遠くに明かりが見え、近づくと一件の山小屋だった。
曲者は片脚を引きずり、わざと哀れな声を出して山小屋へ転がり込んだ。
「お願いでございます。ひと晩、泊めてもらえぬでしょうか」
その声に答えたのは女だった。女といってもまだうら若き少女で、その整った顔は、あと四、五年もすれば誰もが振り返る美人になること受けあいだった。