6.-3
上下の唇が優しくはまれる。うまい具合に唇どうしがくっつき、ぷつんと離れる感触がいい。繰り返すうちに表面が湿ってきて、唾液に滑りつつ濡らされていく。呼応するように唇を開閉させると、男の唇の動きにタイミングが合っていった。
(……あれ)
康介の唇には欲情に任せてむしゃぶりついた記憶しかない。こうやって男の方から唇の性感を誘発されるキスをされたことなどなかった。んっ、と甘い鼻息を漏らし、男の腕の中で長くキスを続けていると、体がじんわりと疼いてきた。吸ってもらったら気持ちいいと予感して、知らず知らずのうちに舌を伸ばしていた。その舌先を唇に軽く挟まれると肩がビクッと震える。その敏感な反応は体を支える男にも伝わり、彩希を慈しむように何度も舌先をはんでくれた。
一休みとでもいうように、糸を引いて男の唇が離れていく。トロンとなってしまった薄目を開けると、間近から顔を覗き込まれていた。
「キス、うまいね」
じっと見つめられたから何か言わなくてはと思い、そんなことを言ってしまった。
「誰と比べてる?」
「……、……ごめん」
男が自分の体の上から彩希を下ろし、そっとベッドに横たわらせた。すぐ側に横臥して肩を抱いてくれる。抱きかかえられているよりも肌が触れる面積が多く、温もりが感じられたから、彩希の方から更に距離を詰めた。
「ま、仕方ないか」
真上から見下ろす顔は大して怒っている様子はない。「……途中で違う名前呼ぶなよ?」
「だって、私、オジサンの名前知らない。あ、なんだっけ……、……そう、ムラちゃん?」
羽田空港で出会った女が一度だけ呼んだ名前をよく思い出せたものだ。
男は眉を寄せて苦笑しつつ、
「……ムラちゃんはやめてくれ。エッチしてるときに君みたいな子に呼ばれたら恥ずかしくて逆に萎える」
頬や耳元に優しいキスをしながら、彩希が体に巻いていたバスタオルの結目を解いてきた。
「じゃ、何て呼べばいい?」
「竹邑さん、……も変か。でもムラちゃんて呼ばれるくらいなら、オジサンのほうがマシだな」
バスタオルの前が開かれ、全裸になった肌を指先が微妙なタッチでなぞりあげてくると、彩希は美脚を擦り合わせ、竹邑の頭に手を回し、もどかしい疼きを紛らわせるように摩さぐった。
「はんっ……、確かにオジサンが一番呼びやすい……んっ」
「だろ? 呼ばれ慣れてるのは『竹邑先生』なんだけどな」
「なに、……っ、……それ……」
「ま、そういう仕事なんだ。……君は?」
「ふっ……、え? ……なにが……?」
太ももの外側から脇腹、首筋、――二の腕をなぞられてすらも肌が震える。
「名前だよ」
「……彩希」
「彩希、か。……女に名前を聞いたら誉めなきゃいけない変な決まりってあるよな。可愛い名前だね、とかね。何なんだろうな、あれ」
何故そんな話を今するのか、肌の上を駆け巡るゾクゾクとした感覚に頭が痺れてくる中、不審に思っていると、
「そ、そうなの……? ……うっ、ふぁっ!」
竹邑の指が体の中心へ及んできて、綺麗な縦長の形をした彩希のヘソの縁をなぞってきた。「く、くすぐったい……や、やめてよぉっ……」
「……無理に名前は誉めないよ?」
「ふっ、あんっ……、いいよっ、そ、そんな可愛い名前、じゃ、ないし……うっ……。ちょっ、……ちょ、マジでくすぐったいっ……」
「でも、くすぐったがる声は可愛いからやめない」
竹邑がもう一方の手で彩希を強く抱き寄せて、熱っぽく湿った声で耳元で囁く。「すごく可愛い、彩希」
自分の名前が鼓膜に震えた瞬間、閉じ合わせた脚の間でドクンと迸発が起こった。彩希はヘソだけではなく下腹部から胸元まで広範に指を這わされ、擽ったくももどかしい性感が軌跡に湧き起こり、内ももをモゾモゾと擦り合わせて竹邑を見上げた。
「オジサン、チューして……」
「ん」
指を這わされたまま唇を吸われると更に蜜が迸った。体をなぞる竹邑に知られてしまうのが恥ずかしくても自然と腰が浮いてしまう。
「……私、変なのかな」
「なにが?」
「すっごく濡れてる。……オジサンなんかにされてんのに」
「オジサンなんかって失礼だ」
竹邑はキスをしたまま笑い、「……そりゃ、気持ちいいからだろ。別に変じゃない。普通のことだ」
「んっ……、だ、だって……。こ、康ちゃんにフラれたばっか、なのに……」
言ってしまって図らずも涙が出てきた。竹邑が頬に落ちた涙粒を吸い、
「それも普通のことだよ」
腕が腰と肩に回って、頬が顎と首筋の曲線に密して触れ合った「……寂しいからさ。寂しくてポッカリ穴が空いてるとこにこんなことされたら、気持ちよくなって当たり前だ」
「んっ……」
彩希は竹邑の体に縋り付いて、身を僅かに揺すって擦りつけた。竹邑が息苦しいほど強く抱きしめてくれる。
「埋めて欲しい?」
「うん……寂しい。……気持ちよくして」