L-1
あー……なんかベタベタする。
と、思って目を開ける。
まだウトウトした視界の先には紛れもない湊の腕。
しっかり自分の腕を握り「カルボ…カルボ…」と呟いている。
多分カルボナーラの事だと思う。
最近、湊の働くレストランはひどく忙しいらしい。
この前テレビで下町特集的な番組で取り上げられたらしく、そのおかげで大繁盛。
five woundの名もあり、ファンも駆けつけたらしい。
ここのところは自分も夜勤だったりして休みも合わなくて、会話すらしていない。
でも、メールが行き来する回数は増えた。
今日はかなり久しぶりに休みが合う日だ。
昨日、一緒に映画観に行く約束をした。
『今日すげー忙しいから帰れない。たぶん明け方になる』
『そっか。10時の映画はキツイよね。違うの観る?』
『やだ』
『どーせ起きないじゃん』
『起きる』
とか言って起きたのは12時。
それまで洗い物して掃除して、たまった洗濯物干した。
陽向はイタズラ心でリビングと寝室を繋ぐドアからはみ出した湊の足を蹴った。
10時の映画を観る約束だったが、絶対に無理だと思っていた。
もしも自分だったら、夜勤明けで早々に映画に誘われたらやだし。
「んぁー……いてぇ…」
湊は起き上がって冷蔵庫まで行くと、麦茶を喉を鳴らして飲んだ。
「うまー」
陽向は湊のクタクタになった寝間着のTシャツを引っ張った。
「映画、もう終わっちゃうよ」
その瞬間、思い切り抱き締められる。
「…ぁ」
「映画はゴメン。なんで起こしてくれなかったの?」
「だって……気持ち良さそうに寝てたから…。寝言も言ってたし…」
「つーか、休み合ったのいつぶり?」
「…わかんない。いつぶりだろ…」
「この感じ、久しぶり」
湊はそう言って陽向を抱き締めたまま頬を寄せた。
「ごめんな」
「え…?」
「お前が思ってる彼氏って、こーゆーんじゃないだろ?」
「…なんで」
「たまに考える」
「そんなことない」
陽向は湊を抱き締め返して言った。
「あたしだって休み不定期だし、不規則な勤務だし予定合わせられないもん。それはお互い様だから、湊が謝る必要なんか全然ないのに…今、なんで謝ったの?」
湊は陽向のほっぺたをつまんで満足そうに笑った。
「寝起きのお前の顔見るのも久しぶり」
「答えになってない」
間近に見えた湊の表情が、だいぶ疲れていて、それでも意地悪さの欠片もない少年のような笑顔で、優しい声で…。
思わず涙が出る。
「湊…」
「なーに?あ、昼ピザ食いてーな!ひな、電話してよ。そこのピザホーム」
「あたし…」
「え?……おい、なんで泣くの?!」
陽向は湊にしがみついて、わんわん泣いた。
幸せだと思った。
こんな水曜日の平日なのに休みが合って、くだらない会話の出来る時間が、なんて尊いんだろうって思った。
互いに自由な時間はほとんどない。
専ら自分は、仕事よりバンドに追われている。
なにもかも忙しいこの日々に、最高の癒しをくれるのは……。
湊だけ。
ヒックヒック言いながらピザを頬張る午後2時。
予定より10分オーバーで到着したピザ屋の店員は申し訳なさそうにバイクに乗って行った。
シーフードとプルコギのハーフアンドハーフで頼んだピザは絶品だった。
「うめープルコギ!」
「湊がっ……文句言わないのっ…珍しいね」
「早く泣きやめよ」
「…っるしゃい!」
「はいはい」
湊はあぐらをかいて陽向を抱き寄せた。
そこに遠慮なく座り、プルコギを頬張る湊のピザを口で奪う。
「うまい?」
「んまーい!」
陽向が笑うと湊も笑った。
「だろ?やっぱプルコギが一番」
「シーフードもおいしーよ」
湊の口元にピザを持っていくと、まんまと全部食べられた。
「ぁあ!!!」
「んめっ…」
「全部食べないでよ!」
「まだ3切れもあんだろーが、文句言うな」
「エビいっぱいのってたのに…」
久しぶりに一緒に食事をするのに、いつもと同じ感じ。
お互いに嫌味を言うけれど、全部笑いになる。
好きだから、幸せになる…。
ピザを平らげた後、近所のレンタルショップへ向かった。
湊はグレーのスエットジーンズにお気に入りの赤いパーカー、陽向はただのグレーのスエットにお気に入りのタイダイ柄のTシャツ、その上に黄色のパーカーを着ていた。
はたから見たらオムライス兄妹みたいだ。
そして、レンタルショップでDVDを4枚も借りた。
4枚で500円だったのでここぞとばかりに。
しかし、やはりここでも言い争い。
それは最後の1枚を決める時だった。
お互いに好きな洋画があってそれを選んだのだが、最後の1枚で戦争になった。
「てか洋画ばっかじゃん!!!あたしジブリがいい!」
「こっちのがぜってー面白いから!」
湊が『ロックフェスティバル!』というタイトルのDVDを見せ付けてくる。
「やだっ!ジブリがいい!それもいいけどジブリ!」
20分くらい言い合いをしているうちに、なんだかどうでもよくなってきた。
結局、どっちも借りた。