L-9
「五十嵐はいつ帰ってくるの?」
「わかんない」
陽向はずっと大介の髪の毛をいじったり、指で遊んだりしていた。
体調が悪いと、人恋しくなる。
窓から夕日が射し込んでいる。
「寝なよ。明日も仕事なんだろ?」
「うん…」
「アイスノンいる?」
「欲しい」
「りょーかい。冷凍庫にある?」
「うん」
大介は立ち上がってリビングへと向かい、冷凍庫のアイスノンを見つけると、脱衣所のタオルを持って戻ってきた。
「よく分かってる」
「新居祝いしたからな」
2人で笑い合う。
大介は陽向の頭の下にアイスノンを入れて「気持ちい?」と言った。
「うん、気持ちい」
大介が満足そうに「よかった」と微笑む。
しばらく無言が続き、やがて高校時代の話になる。
先生の話とか文化祭や体育祭の話、クラスの話……。
どれもこれも懐かしくて「懐かしいー!」と笑い合う。
考えてみたら、大介とはもう10年近い付き合いだ。
「陽向チビだし、逆に目立ってた!」
「チビじゃないし!同じくらいの子いっぱいいたし!」
高校の時からそんなやり取りばっかしてた。
それはそれで楽しかった。
今でもチビだから色々病棟でも言われるけど、そんなことない!って思い続けてる。
貧乳も原因かな…。
「でさ、こんな時に悪いんだけど、次のライブ福岡じゃん?」
「あー…だいぶ飛ぶよねーって言ってたトコか」
「そーそー。大丈夫そう?」
「へーきへーき!こんなんならすぐ治るよ!」
言った瞬間、痰絡みの低い咳をする。
陽向は言って気づいた。
低い音は多分ヤバい。
高すぎる音はむせる。
「大丈夫。治るから」
「本気?」
「これは本気出さないとヤバいって分かってるから。本当に大丈夫だから」
「…あそ」
大介は「じゃ、そろそろ帰るから」と立ち上がった。
「送るよ」
「寝てろ。元気なフリしてんじゃねーよ、強がり」
陽向はベッドから降りて大介のTシャツの裾を掴んだ。
「強がりじゃないし!大介ってホントにデリカシーな…」
思い切り両手を握られた。
「無理すんな」って耳元で囁かれた。
優しく、温かい唇で、自分のそれを塞がれた。
次の瞬間、きつく抱き締められた。
「…ごめん」
「ぁ…」
「言ったろ。俺、お前のことが好きなんだよ。忘れられないくらい。こんなん言ったらすげー気持ち悪いかもしれねーけど………。10年越しに言う。ずっとずっと好きだった。今でも好き。大好き。人としても女としても好き。それに、音楽続けるならずっとお前の後ろで叩きたい」
「……」
「陽向…。大好き」
後頭部を掴まれ、優しく、唇を包み込むようなキスをする。
そのまま唇を滑らせて耳元で「ごめんな」と囁かれる。
陽向は無意識に大介を抱き締めていた。
熱のせいだと思いたい。
「こんなんしてたら、五十嵐に怒られんだろ。お前はホントあぶねーヤツ」
「…ごめん」
「じゃあな」
半ば笑われながら見送った。
ウソじゃないのに。
湊のことは好き。
大好き。
でも、それくらい大介のことも好き。
こんなことするから尚更好きになる。
大介が彼女作れない理由が自分なんじゃないかと思ってしまう。
誰かに相談したらきっと、突き放せって言われると思う。
女子の悩みの9割は答えは決まってながら相談するのが多いってなんかの記事で読んだけど、これはまた違う別問題だ。
あたしは何年も前から、大介のことが好きだったのかもしれない。