L-3
「ちょっとこのまま帰るワケにはいかないよねぇ」
スタジオを後にして4人して黙って歩いていると、洋平がポツリと呟いた。
海斗は可笑しそうに「ですよねぇ」と同調した。
「みんな明日仕事?」
陽向、大介、海斗はコクンと頷いた。
「俺もー!」
洋平がケラケラ笑う。
「でもさ、こんな大事な話おざなりにはできねーし…。とりあえず、話さない?赤裸々に!」
洋平が笑いながら指差したのはチェーン店の居酒屋だった。
みんな、一気に頬が緩んだ。
入店した時、無愛想なバイトと思われる男の子に案内された。
髪の毛はだいぶ金髪に近くて、いかにも遊んでそうな感じだ。
「こちらの席にどうぞ」
「はーい」
陽向が「みんなビールでいい?」と聞くと3人は文句無しに頷いた。
「あ、じゃあとりあえず生4つください」
席に着くなりそう言う客ってうざいよなぁ…と、思いつつ言うと、その男の子は「…あ」と呟いた。
「え?」
「生、生4つですね?!」
「そうです…」
「かしこまりました!……ご新規4名様!生4つです!」
カウンターに向かってデカい声で叫んだあと、そそくさと去って行った。
「なんかすごい挙動不審だったな」
「新人くんかもね。いきなり頼んで悪いことしちゃったかな…」
そんな会話をしていると、すぐさまビールが運ばれてきた。
先ほどの男の子だ。
「お待たせしました!生4つです!!!」
「早いー!」
洋平がニコニコしながらビールを受け取る。
全員の手にビールが行き渡った時、男の子が「あ、あの…」と小さな声で言った。
みんな黙ってそちらを見る。
「あの…Hi wayさんですよね?」
「え、そーだけど…」
陽向が言うと「やっぱり!」と言った顔で男の子は目を丸くした。
「お、俺、すげーファンで、この前もそこのNINE BOXのライブ行って…。あと他にも、東武蔵山のDISKとか、井村町のHOPEとかも…」
だいぶ興奮している。
それを見て、だいぶ自分らの名が浸透していることに気付かされる。
ここまでとは、正直、思ってなかった。
「あぁ…ヤバい。どーしよう…。あの、あの…握手してもらってもいいですか?!」
その発言にみんなが爆笑する。
なんの迷いもなくそれぞれ握手する。
「俺らそんなんじゃねーし…。そーやって言ってくれるだけでめちゃくちゃ嬉しい。ありがとな。…ソースケ君って言うの?」
洋平は男の子の名札を見て言った。
がっつり”ソースケ”と書かれている。
「はいっ!」
「いくつなの?」
「ハタチっす!」
「若いー!」
みんながギャハギャハ笑う。
そして「ソースケにかんぱーい!」と陽向が勝手に仕切り、カチンとグラスが鳴る。
「うわー…俺どうしよう。感動的っす!!!」
本気で泣きそうになっているのを見て「え、ちょっと!」と陽向が笑いながらソースケの肩を叩く。
「ヤバい…だってマジで好きだからさ…。陽向さんとこーやって話せるだけで…ホントに幸せ…」
その後ソースケは本気で涙を流して去って行った。
そんなに有名ではないインディーズでもないバンドにこんなに思ってくれている人がいるなんて…。
「握手なんていつでもすんのにな。てか、こんだけ崇められてるってどーゆーコトだ?!今までこんなコトなかったよな?」
大介がお通しの煮物を頬張りながら言った。
「んー…」
陽向は鼻から息を漏らした。
「確かにうちらが就職してからライブの回数は減ったし拠点も変わったけど、今まで来てくれてた人達が少なからず来てくれてるし…。でも、むしろ拠点が変わって佐藤さんに出会ってから本当に色んなバンドとの対バンとかも増えたから、そーゆー意味でもうちらを知ってくれてる人が増えてこーなってるんじゃない?」
「んー…なのかなぁ?」
大介は信じきれないと言ったように、ビールを見た。
「つーかさ、なんで佐藤さんは俺らのコトこんなにゴリ推ししてんのかな?いつも思うんだよね。他にもすげぇバンドあんのにさ」
「なんだろーねぇ?俺のエフェクターかねぇ?」
「バカ。違うだろ。売りは完全に…」
海斗は陽向を見た。
「女ボーカルってとこだよ」
しんとなる。
「女ボーカルなんかいっぱいいたじゃん、今までやってきてさ。しかもみんなギター片手にギャンギャン言わしてる中、あたしなんてマイク一握りだし、なんの技術もへったくれもない…」
ついに本心が口を突いて出てしまった。
今まで、こんなこと言ったことなかった。
でも、いつも思っていた。
こんなに良い技術を持った人達があたしのバンドメンバーであるなんて、もったいなさすぎる…。
もっともっと歌が上手くて才能のある人達とやればいいのに。
そう思っていた。