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悪魔とオタクと冷静男
【コメディ その他小説】

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部長と刺客と冷静男-13

「行ったようだね」
「え、ええ。でもどうかしたんですか? 急に帰れだなんて」
 雰囲気の変わった長谷部に刀夜は少なからず動揺していた。さっきまでの、何を考えているか解らない軽そうな感じも、今はもうしない。
「いやなに、部の長として大切な部員を危険に巻き込みたくないんでね」
「そんな大げさな」
「大げさではないよ。理由はある」
 そう言うと長谷部はこちらに手を突き出して指を三本立てた。まずはその内のひとつを折り、
「一つ目は、見ての通り私は今、制服だ」
 うなずく。確かにこの学校の女子用制服だ。それが他人にどう危険を及ぼすのだろう。
「よって、これからここで暴れたらスカートの中が見える。十中八九、間違いない。これは欲望を持て余している少年の脳的には実に危険だね?」
「……」
 真面目じゃなかった。反応するのはやけにためらわれる。だが長谷部は構わず二本目を折り、
「二つ目は――」
 口を開き、しかし、何かを考えるかのように停止して間を空け、口を閉じ、
「…………」
 なぜか続いたのは無言だった。
「……あ、あの、二つ目の理由は?」
「ん、ああ、実に恥ずかしい話だがここは正直に言おう。……考えていなかったよ。ゆえに訂正しよう、理由は二つだね」
 軽く笑いながら一度五指を開き、再び指を一本立てた。
「……多く考えているように見えて、存外アバウトですね」
 これが素か。さっきの少年がいてくれたら、と刀夜は吐息。
 しかし長谷部は無視して二本目を立てる。顔には自信ある笑み。そして、
「――勝利のV!」
「そ、それは」
 刀夜はたじろぐ。この気持ちを言葉に変換するため短く悩み、
「……あの、現実って厳しいですよね……?」
「そうかい? イケると思ったのだけどな。やはり古いかい?」
 ……いや聞かれても。
 今度は刀夜が無視する番だった。
 気まずい沈黙。まだ付き合いが皆無に等しい刀夜にはフォローの方法が解らなかった。
「ふむ、まあ少しばかりコケた気もするけど、ではもうひとつの理由だ」
 はっと我に返った。そうだ、さっきまではそれなりに真面目な話をしていたのだ。
「いいかな、この先、私は君の名を聞いたからには手加減や油断をすることはないし、そうなれば君も本気で対抗するだろう? その力を存分に使ってね。そうなれば物理的に危険だ」
 何か裏を含んだような笑みで長谷部は言う。
「……まあ確かにこの教室で人がふたりも暴れたら、巻き込んじゃうかもしれませんからね」
 名前を聞いたことと本気を出すことの因果関係は解らないが、確かにそれを抜きにすれば不自然ではない言い分だ。
「そう。――四楯(しじゅん)家の系譜と、それに抗おうとする者とのぶつかり合いなら尚のこと、ね」
 四楯家。長谷部がそう言うと、刀夜の表情に緊張が走り険が混じる。
 一般人はまず知らないであろう事実。それをなぜ知っているのか。
「崎守といえば四楯家の一にして、この地に続く乱波の筆頭家系だろう。ゆえに独自の武術、いや、戦闘技術を継いでいるはずだ。それこそ途方も無いくらい厳しい修業の下で、ただ本家の武器として在るために。違うかい? 崎守・刀夜くん」
「あ、あなたは――」
「何者ですか、なんて月並みな台詞は言わないでくれよ? 私はただ物知りで聡明かつ思慮深く人柄のいい部長さ。好きにあがめ奉(たてまつ)ってくれても結構だよ」
 大げさに、どこか演技がかった仕草で長谷部は笑った。そして何かを思い出すように目を細め、
「はは、それにしても困った話だね。かつては嫌い、捨てようとした力をまた使うことになったのだから。しかも、こうなると解っていながらも自分で持ち出した提案で、だよ。しかし不思議と嫌悪はない。これも彼らのおかげかね」
 長谷部は刀夜には理解できないことをつぶやいて口元に小さな笑みを浮かべると、構えもせず浅く両手を広げた。


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