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悪魔とオタクと冷静男
【コメディ その他小説】

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部長と刺客と冷静男-14

 対し刀夜は、すぐに動けるように四肢を緊張させて臨戦態勢に入る。
 油断はできない。相手はこちらの力を知り、それでも挑んできた。
 空気が張り詰め、沈黙が降る。
「それでは、――始めようか」
 開始の宣言。
 同時に長谷部は身を沈めるように前へ出た。フェイントも様子見も無し、最初からスピードに任せた直球勝負。構えてもいなかった態勢からこの迅さなら、普通なら驚きで一手遅れるだろう。
 確かに始動は迅い。確かに時機は正しい。確かに技術は巧い。しかしそれだけでは刀夜に勝つにはまだ足りない。どれも一介の女子高生とは思えないが、崎守に名を列ねる刀夜にとってはそれほどの脅威ではなかった。
 立ち上がりは迅いがトップスピードではこちらが勝つ。時機は正しいがそれは想定されている。技術は巧いが力は足りない。
 だから、甘いと。
 崎守の裏の顔を知っているのは意外だったが、その力についてまでは知識が及ばなかったのだろう。手加減と油断があった先とは違い、今回は全力だ。再戦の提案は今、長谷部自身の首を絞めている。
 もっとも今日は失敗したが、遅かれ早かれ辞退してもらうまで挑むつもりだったことに変わりはない。それについても素人相手に全力を出さないことを自分に科し、なるべく腕力を使わない内に諦めてもらうのがベストだった。
 長谷部が迫る。彼我の実力差をはっきりと理解してもらうためにも、ここは少し直截に痛い目を見てもらおうと決めた。
 ならば打撃より被害が少なく、それでいて実力の差を示すにちょうどいい投げだ。先の長谷部がやったように、カウンターで地に倒し押さえ込もう。
 しかしあと数歩と言うところで、長谷部が右手を下から振りぬく形で何かを投げ付けてきた。
 一瞬で判断。小さな腕時計だ。
 狙いはこちらの顔。強引に隙を作るつもりだ。
 この距離での回避は長谷部の狙いどおり隙を生み、受け止めれるにはどちらかの手を使わなければならない。巧いやり方だ。
 ならば、と。わずかに身を沈めて額で受ける。その間も視線は長谷部に合わせたままだ。
 当たった。気を逸らさないよう、意識的に時計のことを頭から排除。
 隙はない。このままなら確実に対処できる。
 しかし長谷部はなぜか笑みを浮かべ、
「あまり見ないでくれ。照れる」
 瞬間。
 突然、目の前に壁のようなものが生まれた。
「なっ――!?」
 ありえないことに、わずかな間だが驚きで動きが止まる。
 遅れて、畳まれたパイプ椅子だと気が付く。
 時計を放る動きは隙を作るためのものなどではなかった。上半身に視線を固定させるためのフェイントであり、椅子の蹴り上げへの反応を遅らせるのが狙いだったのだ。
 その思惑どおり気付くのが遅すぎ、視界はふさがれた。
 だがそれは長谷部も同じであるはずだ。椅子という障害が間にある限りは、互いに攻撃が届かない。
 だがその考えは即座に否定された。下から上に向かっていた椅子がの軌道が、軋みをあげて、刀夜に迫るものに変わったのだ。
 長谷部が椅子を打撃してこちらに飛ばしたのだと一瞬で理解する。
 避けられないタイミングだが、ならば受け止めるまでだ。物を挟んでの一撃など大したことはない。
 落ち着けば充分に止められるはずだ。
 だが、
「……油断したね?」
 え? と疑問符が声になる前に椅子が接触。
 直後、椅子ごとまとめて吹き飛ばされた。


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