弐-5
翌日。穴山小助の家。
小助は、十勇士の一人、筧十蔵と同じ屋根の下に住んでいた。なので、小助の娘、久乃と、十蔵の娘、飛奈(ひな)は煮炊きを共にする仲だった。しかし、飯の用意をするのはほとんどが久乃で、飛奈はもっぱら、部屋の隅で火縄銃の手入れにかまけており、鉄砲で鳥獣をしとめた時だけは獲物を自ら裁いていた。
飛奈の父、十蔵は九度山近辺に潜んでいた鉄砲集団・雑賀衆の残党より火縄筒の手ほどきを受け、めきめき腕を上げて今では名手と呼ばれるようになっていた。娘の飛奈も幼き頃より鉄砲に触れ、九度山近辺では父に次ぐ銃使いと目されていた。
「ねえ、飛奈」久乃が雑炊をこしらえながら言った。「私、海野の六郎おじ様のお手伝いをすることになりそうなの。というより、真田の間者の集めてきた話を書き綴る、そのお役目を六郎おじ様から託されそうなの」
「ふーん」飛奈は磨いていた火縄銃の筒先を覗き込みながら言った。「それって、久乃にふさわしい役目じゃないか」
「でも、まだ私には荷が重いわ」
「いや。久乃なら出来るだろ? ……おれだったら逆立ちしても出来ないけどな」
「あなたには鉄砲撃ちという才があるじゃない。……私には何の取り柄もない」
「いや。久乃の作る真田紐は仕上がりが一番綺麗だし、書跡だって美しい。綴方の役目はうってつけだと思うよ」
「そんな。人ごとだと思って……」
「それより、聞いたか? 宇乃のやつ、国姉に見込まれて、一緒に旅に出るみたいだな」
「ああ、その話。……早喜と沙笑が、選ばれたのが何で自分じゃないんだ、ってむくれてたけど。あの宇乃が国姉に踊りの才を……」
「久乃といい宇乃といい、何だか一皮剥けそうな感じだな、おい」
「飛奈だって、真田のお家にまた光が当たった時には、鉄砲組の組頭として働くことになるかもしれないじゃないの」
「まあ、そんな光が当たれば……の話だけどな。その日が果たして来るものかどうか……」
「来ることを信じて、大殿も佐の殿も、密かに策を講じているんじゃないの。私たちを鍛えているんじゃないの」
「ああ、そうだな」飛奈は宙に銃口を向け肘を張り、「いつか、おれたちの名が四海に轟く。そんな日が来ることを」肩を揺すり撃つ真似をした。「願うぜ!」