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由香里の心配をよそに、目当ての日灼けサロンをブックマークしていたのか、彩希はスマホを片手に位置関係を確認しようとキョロキョロとしていた。
幸いなことに彩希は無事に日灼けサロンを堪能し、終業後の由香里と落ち合った。一日で小麦肌になれると思っていたがそんなわけはなかった。黒々かつツヤツヤとした受付嬢に聞くと、日を置きつつ数週間通って初めていい感じに灼けてくるらしい。しかも通い続けなければ白く戻ってしまうという。
(お金、足りないな……)
バイトで貯めた金は潤沢にあるわけではない。適当に親に言ってしまったが、キチンと調べてみると歯科衛生士になるには学校に通って資格を得なければならなかった。その金もなかった。当然ながら定期的な収入が必要になるし、このままでは由香里に迷惑をかけることになる。
(康ちゃん、白ギャル好きになってくれないかなぁ……)
由香里と入ったファミリーレストランのガラス窓に移る自分を見たが、すぐに思い直した。働かねば。自分がお金が無いせいで康介に趣向を転換させたくないと本気で思った。
「んで? なんでこんなことになったんだ?」
注文を済ませると早速由香里がテーブルに腕を付いて前のめりに訊いた。どうせコイツのことだから、まともな理由があるはずがない。窓を見るや何故かボーッとしている彩希へ、コツコツとテーブルを爪で叩いて意識をこちらに集中させた。
身構えていた由香里だったが、包み隠さず話された経緯を聞いて後倒しそうなほど仰け反った。何を考えてるんだコイツは、と思ったが、あの必死の剣幕でアパートに乗り込んできて、いきなり掴みかかってきた彩希を思い出すと納得感は強かった。本気で弟とデキるつもりでいる。「処女あげたって未来ないよ?」と諭してやりたいが、言う前から無駄だろうと悟った。弟がオナニーのオカズにしていたから、好みのタイプの黒ギャルになろうとしている女に、何を言ってもどうせ聞いてはくれまい。
しかし勝手に巻き込んできたのだから、コメントをする権利くらいはあるはずだ。深い溜息をついて、まず何から言ってやろうと頭の中で一度整理していると、
「……ごめんね、ユッコのこと勝手に使って」
そこは本人も分かっているらしく、済まなそうな顔で手を合わせて拝む彩希の姿に一抹の安堵を得る。
「あのさ……、本気?」
「なにが?」
「ぜんぶ」
由香里は煙を鼻から吐き出し、「……友達が不毛の愛に走ろう……、……突進しようとしてんの、応援しろって?」
「……やっぱ、ムリ? ならユッコに迷惑かけられないから、私、一人で東京で暮らしてく」
暮らせねーよ、あんたじゃ。
「……わかったよ、もぉ……。でもヒモ生活だけはやめてよ?」
「……ユッコ!」
周囲の席の人が二人の方を見るほど黄色い叫び声をあげた。「ありがとー! 大好き!」
ファミレスで周囲の迷惑を省みず大声上げるなんて、頭の悪い女そのものだな。弟のために見てくれを改造しようとしているが、中身も教育が必要だと思い、テーブルを超えて抱きついてきそうな勢いの彩希を制した。その時テーブルに置いていた彩希の携帯が鳴った。メッセージの来着のようだ。
「……康ちゃん、『無事ついてよかったね』だって。うふふ……」
うふふってなんだ。そんな笑い方現実でやるヤツ初めて見たよ。しかし彩希が潤んだ目で画面を見つめてご機嫌なのを見ると、由香里は呆れるも可愛らしく思えて彩希を憎めなかった。まぁ、二人が好き合ってるのならいいか。少なくとも彩希の方は、弟以上の男はこの世にいないと思っている。
「……明日あそぼって言ったら、『学校と練習』だって。プロになるのって大変なんだねー……」
高校生なのだから学校があるのは当たり前だ。ユースチームに入ったのなら、平日日中だけでなく夜も土日もきっとサッカー漬けだろう。
「でもさー……」
頼んだドリアがやってきたのを、携帯の画面ばかりを見つめ、スプーンで掻き回して冷ましつつ、「康ちゃんも、お父さんもお母さんも、妹もみんな東京に行くって言ってたくせに、康ちゃん、千葉にいるよ? 千葉って東京?」
「……自分で言ってて答え気づかんの? まぁ、そういう括りなんだよ、外から見たら」
「土日誘ったら、『練習試合』だって……。忙しいんだぁ……」
由香里の前でずっとメッセージアプリをイジっている。スプーンにドリアを掬い、フーと冷ました後に口へと入れようとしたところで康介から返信があったから唇を半開きにしたままスワイプを始めている。まさか目の前に久々に会った友達が居ることも忘れたのではないかと危ぶんだ由香里がテーブルを叩いた。
「っていうか、遊ぶことばっか考えんな。仕事すんだろ? 仕事!」