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マリネしたマジックマッシュルーム
【痴漢/痴女 官能小説】

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4.-3

 では何しに行くのだと問われたら答えられなかったが、快速エアポートに乗り換えるために札幌で降りた別れ際、ごめんね、家のことよろしくね、と妹に頼んだ。妹もまさか兄姉が東京でイチャイチャしようとしているとは思わないだろうな。兄姉が付き合ってたら、この子どう言うかな。そう思いつつ、少し感傷的な気分で地下鉄を目指して改札へ消えていく妹の背中を見送った。
 東京には来たことがなかった。雄大な北海道と比べれば何もかも狭々こましいと想像していたが、降り立った羽田空港は新千歳よりも遥かに巨大だった。渋谷に来い。由香里からはそう言われていたが、どうやって行ったらいいか分からなかったので、インフォメーションブースに並んだ外国人に混ざって訊ねた。
 バスを案内されたので乗り場に行き、周囲をキョロキョロ見回すと券売機を見つけた。
(あれ? 何番っつってたっけ?)
 インフォメーションブースのお姉さんが行き先番号を教えてくれたが、「バス」という言葉だけを集中して聞いていたから忘れてしまった。行き先表示の案内板が見えるがたくさん書いてあって、列の先頭まで来て自分の番になっても「渋谷」の文字を見つけることができなかった。
「……ちょっとぉ、早くして?」
 不機嫌そうな声に振り返ると、顔の半分以上を覆うサングラスにツバの大きな帽子、派手な花柄のワンピースの女が真っ赤な唇を歪めていた。
「あ、すみません」
「……どれ買ったらいいか分からない?」
 女の後ろに立っていた、ポロシャツにジャケット、チノパン姿の中年男が対照的にニコやかに声をかけてくる。
「あ、はい……」
「どこ行きたいの?」
「……渋谷」
「渋谷のどこ?」
 渋谷のどこ? 渋谷は渋谷だ。東京には「渋谷」という場所が色々なところにあるのだろうかと眉を寄せて訝しんでいると、
「どーせ、田舎から遊びに来たんでしょー。駅に放り出しとけばいいじゃん」
 親切に彩希を助けようとする中年男の隣で、貧乏ゆすりのように肩を揺らして腕組みしている女が舌打ちをした。キャリーケースを引いた姿がいかにもそう見えたのかもしれない。
「……ま、確かに駅に行けば何とかなるよ。これだね」
 男がボタンをを指差して教えてくれた。意外と高いなと落胆した彩希が札を吸い込ませている後ろで、
「だからタクシーにしようって言ったじゃん、もぉ……。私、疲れたぁ」
 怒っているが声音に甘えを含ませて、女が男に絡んでいるのが聞こえてきた。
「疲れたのは昨日お前がなかなか寝ないからだろ?」男の笑い声が聞こえ、「ま、そう言うなって。途中で飯でも食って帰ろう」
「ほんと? じゃ、さ。こないだ新宿のホテルランチで良さげなやつ見つけたんだぁ。そこ連れてって」
「ああ、そうしよう。……ついでにもう一泊するか?」
「……もぉっ、ムラちゃんってばエロいよぉ」
 女の機嫌が直ったようだ。やっぱり女の機嫌を直すのは食べ物だな。切符を手に取ると二人に頭を下げて歩き始めた。親切な男でよかったと思いつつ、行き先表示を注意深く探して漸くバスに乗り込むことができた。
 渋谷駅西口は平日の昼間なのに人がたくさん歩いていた。ロータリーの対面まで出て駅を眺めると、再開発工事による鉄壁で至る所が覆われていて、狭くなった通路へ大勢の人が吸い込まれている。都心まで来ると想像どおりに狭々こましかった。
(あ……テレビで見たのと同じ)
 駅の向こう側に見えるヒカリエを見上げていると携帯が鳴る。
「ついたー?」
 由香里は歩きながら話しているのだろう、背後から喧騒が聞こえた。「どこ?」
「渋谷」
「知ってるよ。渋谷のどこにいんの?」
 まただ。渋谷は渋谷なのに。
「バス降りた近く。駅に『西口』って書いてる」
「わかった。じゃ、モヤイんとこいてよ」
「モヤイ?」
「……駅の出口の前に広場あんじゃん? 高速の下渡ってるでっかい歩道橋とは逆っ側、地下鉄の銀座線の手前にモヤイ像があんの。そこ」
 そんなにいっぺんに言われても分からない。彩希は電話を繋いだままちょうど青になった横断歩道を渡り、駅の前までやってきた。
 広場? どこが? 札幌駅前の広場に比べれば猫の額の場所に立ち、右手を見ると確かに歩道橋が見えるものの、ここが由香里の言う広場かどうか自信がなかった。
「……ヤバい、ユッコ。さっきまで西口って書いてたのに、今見たら南口って書いてる!」
 遠目から見た案内表示は確かに西口だったのに、柱の看板から目に飛び込んできた文字は南口になっていた。
「合ってるよ。なんか知んないけど、そーなんだよ。……駅正面に見てんでしょ? 左行って」
 由香里の指示に従って左に足を向けると、ビルとビルの間を電車が渡っているのが見える。
「ねー、やっぱよくわかんないよ。黄色の電車見えてるけど」
「だからそれで合ってるってば。私、もうハチ公近くまで来てる。もうすぐ着く」
 ハチ公は知っている。だが視界に犬の姿は見当たらなかった。


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