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耳にキス、キス、キス。
【女性向け 官能小説】

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理由-6

「あのときレジで話しかけてくれたのもすごく嬉しかったな。そのときはまさかその天使の店員さんとお近づきになれるなんて夢にも思ってなかった。縁って不思議」
「沙保さん。僕、今すごく沙保さんのことをぎゅってしたい。いい?」
「えっ、あ、うん」

 わたしが住むマンションの二軒手前。ヒロキくんがふわりとわたしを抱きしめた。マスカットに似た香り。ヒロキくんの香りを吸い込みながら、わたしは目を閉じた。

「──ありがとう。珈琲を飲んだら、もう一回ぎゅってしてもいい?」
「もちろん。じゃあ、おうちに帰ろう」

 ヒロキくんが微笑んでうなずいた。天使みたいな笑顔で。


***

 インターホンが鳴っている。 
 はっきりしない頭の中に、先日みたドラマのワンシーンが浮かんだ。
 煙草を吸いながら写真を見ていた男の人が、インターホンの音にゆっくりと顔をあげる──それだけのシーン。

 最近のドラマではめっきり減ってしまった煙草を吸うというシーンだったことと、俳優さんの目がヒロキくんの目のかたちに似ていると思ったことが強く印象に残っていた。

 足の痺れが消えていくように、少しずつ“自分は今まで寝ていて今起きた”ということに気づいていく。再度インターホンが鳴った。

 大きなあくびをしながら、寝ぼけ眼のままモニターをチェックする。──途端に目が覚めた、ような気がした。

「沙保。夜中にごめん」
「……」
「沙保?」
「……何しに来たの?」
「ちょっとさ、菜里香とケンカしてさあ。菜里香、来てないよね?」
「来てないわ」
「じゃあさ、ちょっと入れてよ」
「嫌よ。帰って」

 わたしは不機嫌さを声に滲ませて言った。
 モニターの光が眩しい。画面の中のあいつは見たことのあるダウンを着て立っていた。

「いいじゃん、入れてよ。俺と沙保の仲じゃん」
「嫌よ。関係ないわ。帰って」
「冷たいなあ」

 雅也が肩をすくめて言った。
 そんなことを言われる筋合いはないわ。わたしはさらに不愉快な気持ちになった。

「沙保ならきっと助けてくれると思ったんだけどな。俺、マジで困っててさあ」
「そんなの知らないわよ」
「俺、怪我してるんだよね。痛くって」
「え?」
「菜里香にやられたの。俺、女には手を出さない主義だからやられちゃって。でも大袈裟に痛がったりすると余計こじれるだろ? だから平気だって言って帰らせたんだけどさあ。ねぇ、悪いけどさ、タオルぐらいは貸してくれない?」
「タオル……。血が出てるの?」

 画面越しに見たあいつは、確かに左の腹部を右手でおさえているように見えた。
 表情まではよくわからない。

「バイクで来たからさあ。とにかく痛くって」
「ちょ……ちょっと待って。それなら救急車を呼ぶほうがいいんじゃないの?」
「そんなことをしたら菜里香がまた騒ぐだろ?」
「でも……だめよ、ちゃんと手当てしないと」
「だからさ、とにかくタオルか何か貸してよ」
「わ、わかった。タオルね、ちょっと待って」

 タオル、タオルと呟きながらわたしは暗い部屋の中を足音を立てないように気をつけて歩き、お風呂場の前に置いてある蓋つきの籐のカゴからタオルを出して玄関へ向かった。


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