理由-2
わたしは、目の前にいる天使の笑顔のヒロキくんをまっすぐに見て思った。
きっと、ヒロキくんといるからだ。ヒロキくんがわたしを必要とし、愛してくれているから──。
「指輪、だいじにするね」
「僕も。肌身離さず身につけておくよ」
デザートに出てきた柚子のシャーベットを食べながら、わたしたちは何度もお互いの顔と指を見て微笑んだ。
こんなに甘やかな気持ちになったのはいつ以来だろう。
シャーベットが舌の上で溶けてなくなる。
柚子の少し苦味のある爽やかな香りが鼻の奥に広がった。
もうすぐ、柚子の季節も終わる。
支払いを済ませ(「僕が払うよ」と言うヒロキくんを「お祝いなんだから」と強引に押しきって支払った)お店を出ようとドアノブに手をかけようとした瞬間、
「あっ──」
外側へドアが開き、目の前の女性とぶつかりそうになってしまった。
「すみません!」
「ごめんね、大丈夫かしら?」
大丈夫ですと言って見上げたひとはわたしよりもずいぶん背が高く、きりりとしたサワーのような雰囲気の女性だった。
ダークブラウンのワンレングスの髪の合間に、揺れるピアスが見えた。
女性はごめんなさいねともう一度言い、ヒロキくんのほうへ視線を移し──驚いた表情をした。
しかしそれは一瞬のことで、わたしが興味を持つ間も無く彼女は笑顔を取り戻して道を開けた。
お店の中から声がかかる。
彼女のそばにいた三人の女性たちも、会釈とともにわたしたちを見送ってくれた。
ヒロキくんがわたしの右手をとる。
夜風が頬に心地よい。
わたしはヒロキくん越しに前を見ながら、ただ黙々と歩いていった。
握った手はあたたかく、前を歩く彼からはマスカットのような香りがした。
「沙保さん」
ヒロキくんが口を開いたのは電車を降りてからだった。
変な沈黙を作っちゃってごめん、と。
「あのひとね、中学生のときの同級生の母親なんだ」
「あ、そうなんだ」
うん、と頷くとヒロキくんはきゅっと唇を結んでからふっと息をつき、わたしの目をまっすぐ見て話を切り出した。
「その同級生っていうのが、僕たちが二年生のときに引っ越してきた女の子でね。ちょっとなまりのある、ポニーテールの女の子。いつだったか放課後に話す機会があってね、その子も僕が当時ハマってたオンラインゲームをやってるってわかって、意気投合したんだ」
ヒロキくんの声に懐かしさが滲む。優しい声。
わたしはヒロキくんが過去の話をしてくれることを嬉しく思い、それでそれでと続きを催促した。
そのゲームは自分のキャラクターを育成しながらモンスターと戦って冒険を続ける、いわゆるロールプレイングゲームでね、とヒロキくんが続ける。いっしょに何時間もチャットをしながらゲームをしたんだ、と。
「でもね──」
ヒロキくんがわたしの手を握る手に力を込めて言った。とても、言いづらそうな口調だった。
ふっと胸に風が吹き抜けるような感じがした。