投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

マリネしたマジックマッシュルーム
【痴漢/痴女 官能小説】

マリネしたマジックマッシュルームの最初へ マリネしたマジックマッシュルーム 7 マリネしたマジックマッシュルーム 9 マリネしたマジックマッシュルームの最後へ

2.-2

 それもそうだ。バレンタインデーにクラスメイトに本命チョコを渡した真希が、本日晴れてお返しを貰うために髪を可愛く結うと言うから手伝いつつ、わざわざ大通まで買いに行ってくれた弟を考えると顔がニヤけた。真希が買ってきた廉価なお菓子が大量に入った袋を持って出かけた康介の後ろ姿を思い出し、あの中に、もしかしたら一番好きな女の子に返す一際大きな箱が入っていないかチェックすればよかったと思った。あったとしたら――どうしてやろうか。


 バイトを終えて帰宅すると、食卓で母親と康介が話していた。父親は腕組みをして渋い顔をしている。マズい。両親の不機嫌さが、高校を卒業しても確固たる目標もなくフリーター生活をしてしまっている自分へ飛び火しないか危ぶんだ。だが一方で、あまり親を怒らせない康介が真剣に両親へ盾ついているのは看過できなかった。
 周囲の者は大学や専門学校へ進んだり、何らかの定職についたりしていた。彩希も卒業後に札幌駅前の服飾量販店に契約社員として就職したが、三ヶ月で辞めてしまった。
 とりわけやりたい仕事ではなかったことが一つめの理由。土日関係なく、朝から晩まで拘束された上にノルマがあり、しかも薄給であることがもう一つ。そしてやたら正規社員が威張っていて、中でも店長であることにプライドを感じている三十代の妻子持ちが、彩希へ執拗に言い寄ってきたのが最後の理由だった。理由が三つもあれば辞めてしまうのに充分だったし、特に最後の一つについては両親も「辞めてしまっていい」と言ってくれた。だが、その後も無計画にバイトを転々としていたから、早くしっかりとした職に就くようにと、事につけてクドクドと言われていた。
 高校の進路相談の時も特に目標がないことで指導教員を困らせたものだ。父母から「いったいどんな大人になりたいのだ」と問われた時、彩希は「お婆ちゃんみたいになりたい」と即答した。真面目に答えたつもりだったが、あまりに漠然とした回答に両親は顔を見合わせて溜息をついた。父親にとっては感謝していた母であるし、母親にとっては尊敬していた姑であったから、その夢は間違いとは言えない。だが祖母のようになるためにどうするんだと詳細を問われても、そこからは曖昧な返事しかできない彩希を、両親は懇々と言い諭したが、理解しているようには見えなかった。いつも最終的には根負けをして、なるべく早く目標を見つけなさい、ということになっていた。
 軽く考えていたわけではない。卒業してしまったことで女子高生という素晴らしい肩書もなくなってしまっては将来を真摯に考えざるを得ない。
(お婆ちゃん……どうしよう)
 仏壇の遺影を眺めて祖母と対話をした。祖母がどう人生を全うしたか、両親からエピソードを聞くにつけて、ずっと家族、特に兄弟を大事にしていたということだった。父親は戦地から戻ってこず、六人兄弟の長女として母親を助け、滅私してでも弟妹たちのために尽くしたとのこと。そして自分に言った、康介と真希をよろしく頼むという言葉。あれは間違いなく自分に対する遺言だ。
 つまり祖母のようになるためには、弟妹の面倒をよく見て、彼らのために尽くせばいい。そう結論づけて、では具体的にどうしたらいいのかずっと身の振り方を考えていた彩希は、その大切な弟が両親と言い争っているのを見て、リビングの隅で我関せずとお菓子を食べてテレビを見ている真希に何が起こっているのか問うた。
「お兄ちゃん、東京の高校の行きたいんだって」
「東京……!?」
 食卓で両親と対峙している康介を見やると、真剣な眼差しで父母に訴えていた。
「……そんなの今じゃなくていいだろ? こっちにもサッカーが強い高校はたくさんあるじゃないか」
 なるほど。康介の動機の発端はサッカー以外にはない。
「プロになりたいんだ。本気で」
「だから、それだって札幌の高校で頑張ってからだなぁ……」
「高校の部活じゃダメなんだ。ユースに入れば、プロと同じ環境で、同じ練習メニューで鍛えることができる。レベルが違うよ」
 康介はダイニングテーブルに一枚の名刺を差し出した。「中一の頃から声をかけてくれてたスカウトの人がいるんだ。ユースのほとんどの選手は小学校の時からチームに入って選抜されてって残った人たちなんだ。こうして高校で誘われるなんて凄く稀なことなんだよ。チャンスを貰えたんだ」
「……うーん」
 父親は渋い顔で唸った。家族の、そして兄弟のピンチ。彩希はバッグを置いて康介の隣に腰掛けた。
「康ちゃん、……お姉ちゃん、よくわかんないけどさ、プロになるって大変なんでしょ? 相当な覚悟が必要だよ、きっと」
「うん、覚悟できてるよ」
 いつのまにかそんな夢を抱くまで成長していた康介の横顔を見た。大した覚悟もないままフリーター生活に及んでいる彩希から見ると、昔は可愛らしい顔をしていたのに精悍になっていて、カッコいいなぁと見惚れそうになる。そんな弟が目標に向けて家を出ようとしている。心配だ。――というか、寂しい。だが康介のことを思うなら、行かせてやりたい。どうしたらいいか悩ましかったが、はたと思いついた。


マリネしたマジックマッシュルームの最初へ マリネしたマジックマッシュルーム 7 マリネしたマジックマッシュルーム 9 マリネしたマジックマッシュルームの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前