雨傘-13
「ありがとう、ヒロキくん。ヒロキくんはほんとうに優しいひとだね」
「沙保さんだから。大好きな沙保さんのことだから」
「わたしなんかのどこがいいの?」
「もーっ。そういう言い方はしちゃだめ。僕は沙保さんが好きなの。最初は理想の耳をしている女の子だってドキッとしたんだけど、持っていたCDがあのバンドので、話しかけたらすごくいい感じのひとだってわかって・。最初は一目惚れみたいな感じだったけど、やり取りをする回数が増えれば増えるほど好きになっていったよ」
それに、と彼は悪戯をしかけようと企む子どもみたいな目をして言った。
「理想の耳とか耳の形がいいとか、かなり偏った趣味嗜好の話をしたのに沙保さんは僕を軽蔑せずに受け入れてくれたでしょ」
「えっ、だってそれは、個人の好みだと思うし──」
「世の中にはそんなふうに考えないひともいるからね」
大好きだよと言って、ヒロキくんがわたしに短いキスをした。
長い睫毛が揺れる。ほんとうにこのひとの目は綺麗だと思った。
ヒロキくんが帰ったあと、わたしは戸締りを何度も確認してからベッドに入った。
頭がぼんやりとしていて、何度も確認しなくては不安になった。
ベッドに入ってからは、その後の記憶が残っていないくらいすぐに寝付くことができた。
泥のように眠るとは、こういうことを言うのかもしれないと思った。
睡眠薬を飲んでいる上に、とにかく身体がくたびれていた。
久しぶりに愛を交わしたこと、そして今まで感じたことのないほどの充足感に身体が休むことを欲していた。
ヒロキくんとわたしは、まるでミキサーで攪拌した果物のようだった。
潤ったふたつの果物がどろどろにまざりあい、ひとつのジュースになる。
ヒロキくんと繋がった瞬間、経験したことのない一体感に身体が震えた。
お互いがお互いを自分の一部であるかのように感じ、わたしたちはその幸福感に長い長いキスを交わした。舌を絡め、甘い吐息をもらしながら幸福感を存分に味わった。
雨が乾いた畑の土に染み渡るように、わたしたちはお互いの存在を身体に感じていた。