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耳にキス、キス、キス。
【女性向け 官能小説】

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螺旋-4

***

 ケトルがくつくつと音をたてる。
 駅前のパン屋さんで買ってきていたパンがオーブンレンジの中で温められ、香ばしいにおいを放っている。

 パンのにおいはどうしてこんなにもひとを幸せな気持ちにするのだろう。
 パン屋さんのそばを通るたび、わたしは何故かもこもこした髪の毛がコック帽からはみ出した、ころころと太ったおじさんを思い浮かべてしまう。

 いかにもパン屋のおじさんといった出で立ちの、白い制服に身を包んだおじさんがニコニコ笑いながらパンを焼いている。
 遠い昔にみたワンシーンなのかもしれない。

 バターのかおりが今にも漂ってきそうなクロワッサン、ふっくらとしたあんぱん、さくさくしっとりのメロンパン、柔らかそうな白パン、厚切りのフレンチトースト、カスタードたっぷりのクリームパン、ボリューム満点のカツサンド……。

 どれもこれも見るからに美味しそうなパンたちが並ぶパン屋さんの、その美味しそうなにおいに誘われてふらふらと吸い込まれるように入っていく客はわたしだけじゃないはず。

 何の予定もない休日の朝に、こうして早起きをして好きなものを好きなように食べることはとても贅沢なことなんじゃないかなぁなんて思いながら、わたしは丁寧に珈琲を淹れた。
 たちまち心地のよい香りが立ち込める。

 身体の内側から空気が入れ替わるような感じがした。
 インスタントのものは使わない。
 パン屋さんがある通りとは筋違いに、お気に入りのカフェがあっていつもそこのブレンドの珈琲豆を買っている。

 酸味も苦味もあまり強くはないけれど、しっかりとコクが感じられる飲みやすいブレンド。
 あのパン屋さんのパンとこの珈琲はとても相性が良い。

 ここ最近、睡眠薬のおかげかすぐに眠りに入ることができている。
 耳が気にならないわけではなかったけれど、頭がぼーっとして眠たくて愛用の耳かきに手を伸ばす余裕がなかった。
 昨日は夕食の前に耳かきをしてしまっていたので、できなくてよかった。

 テーブルの上に乗せたスマートフォンが鈍い音をたてている。
 この背の低いテーブルは、実家にいるときから使っていたものを持ってきた。

 一本の樹から作られた、木目の美しい楕円形のテーブル。
 手紙を書き、化粧をし、食事をして居眠りもした。時には当時付き合っていた彼と紅茶を飲んだり、友達と缶のチューハイとナッツを置いて何時間も愚痴をこぼしたり語り合ったりしたこともある。

 パンと珈琲をテーブルに置いてからスマートフォンを手にとって確認する。
 SNSからの通知だった。

 あの日『螺旋』のことを書いたことでそのバンドを好きなひととの繋がりが増え、『螺旋』を聞いたときの衝撃を、気持ちを共有できるインターネット上の友達がたくさんできた。

 古くからのファンのひと、ひとつ前のシングルからファンになったひと、誘われて行ったライブをきっかけにファンになったひと、わたしと同じように『螺旋』をきっかけに好きになったひと……、年齢も性別も様々なひとがいる。そして──。

「おはよう、早起きなんですね。今度そのカフェで喋れたらいいな」


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