螺旋-2
榊さんからのメールは基本的に短い。
そして彼は、どういうわけか部長と呼ばれるのを好ましく思っていないらしい。
役職の呼び名に厳しくない会社だということもあり、新入社員も課長も先輩も等しく彼を榊さんと呼ぶ。
わたしは榊さんに薬をもらった旨返信をしながら、ちらりとCDの帯を見た。
タイトルは──『螺旋』
わたしは初めて見るアーティストの名前が印字されたそのCDを手に取ると、迷うことなくレジへと向かった。
完全なる“ジャケ買い”だった。
CDを店員さんに渡す瞬間の、今まで味わったことのないドキドキ感が新鮮だった。
どんな曲なのだろう。
どんな歌声なのだろう。
どんな音色が聞けるのだろう。
スマートフォンをしまうことすら忘れてしまっていた。
お財布を取り出そうとして、まごつく。
店員さんが、ゆっくりで大丈夫ですよと爽やかな笑顔で言った。
「すみません……」
大学を卒業したことの記念に、去年の春に買ったお財布。
ブラウンの、がま口のついた牛革の長財布。
一番手前のファスナーのついたポケット部分には、毎年お正月に入れ替える魔除けのお守りが入っている。
「このCD、僕も買ったんですよ」
店員さんが言った。
ミルクティー色のさらさらの髪の毛が店内の光を受けて天使の輪を作っている。
色の白い、女の子みたいな男の子。
年齢は、わたしと変わらないくらいかひとつふたつ年下か。
二重のくるんとした瞳に、スッと伸びた鼻、きゅっと口角があがっていてなんとなく子犬を思わせる。
左の涙袋の外側に泣きぼくろがあって、たれ目がちな目を一層キュートに見せている。
「そうなんですね、お好きなんですか?」
「はい。元々は妹が追っかけていたバンドなんですが、横で聞いているうちに自分も好きになっちゃって」
レジを打ちながらニコニコと笑っている。
白い歯が覗いた。
思わず頭をくしゃくしゃと撫でてしまいたくなるような、柔らかな笑顔だった。
モテるだろうなと思った。
「今回は特に曲とジャケットがよく合っている上に内容がリンクしているので、話題になって新規ファンが増えているそうなんです。好きなバンドのCDをこうして目の前でお持ち帰りいただくのを見るのは、とても嬉しいです」
「そう言ってもらえると、わたしもなんだか良い気分になります」
お釣り銭とレシートを受け取って、ショップのロゴ入りの袋に入ったCDを受け取る。
ありがとうございましたと天使のような笑顔で彼が言った。
ほんとうに可愛らしい男の子だった。
わたしは良い気分のまま、足取りも軽く家路に着いた。
部屋に入って鞄を置くと、早速CDを袋から取り出してパッケージを剥がした。
歌詞カードを取り出してから、帯を開いてCDケースの内側へ差し込む。
ジャケットの陰鬱な青色と零れ落ちそうな白の隅に、バンド名とタイトルが黒字で印字されていた。
螺旋。
呟いた途端、声がジャケットの青に吸い込まれていくようだった。
最近はラジオを聞くためにしか使っていなかったCDデッキの開閉ボタンを押す。
音量を確かめてから、わたしは静かにCDを指で丁寧に取って載せた。