『Twins&Lovers』-59
「両親、早くに離婚して、すぐお母さん死んじゃって…………でも、おばあちゃんがいてくれたから……」
「ワシらと一緒じゃな」
「はい」
ひとみは、不覚にも泣いてしまった。それは、郷吉の暖かさに溶かされた、心に張っていた氷の名残りなのだろう。全てが溶けるわけではないが、少なくとも、この人の前では、そんな氷を張っていたくはない。
泣きながら、ひとみは笑った。郷吉は、満足そうに頷く。ひとみの肩に手を置いて、親指をぐ、と持ち上げて、言った。
「これで、ワシらは友達じゃ」
「はい。友達です」
ひとみも、郷吉を真似た仕草をしてみせた。そして、二人は、笑いあった。
病室の空気は、頗る暖かい。それは、空調甘美の賜物だろうが、それだけではないものも、空間に漂っている。
「ひとみちゃんの妹と、おばあちゃんとも友達になりたいのう」
ふいに、郷吉が言う。
「おばあちゃんもこの病院にかよってるんですよ」
「お、そうなんか?」
「ええ。実は、今日が、その通院日なんです」
「なんと!」
郷吉が身を乗り出した。その期待に満ちた目は、純真そのものだ。
「もうすぐ検診も終わると思うから……連れてきてもいいですか?」
「ああ、もちろんじゃ。おばあちゃんが、良いといったらじゃが」
「きっと言います。……うぅん、言わせます」
「ああ、ええ子じゃ。じゃが、おばあちゃんの体調もあるからの。無理はさせんようにな」
「はい」
素直に答えて席を立つ。
時刻は、3時を迎えようとしていた。
「あれ? ひとみは?」
杏仁堂の和菓子とお茶を詰めた袋を片手に、時間通りに病室に戻ってきた勇太郎。しかし、そこにはひとみの姿はなく、眼鏡を書けて原稿用紙に向かう祖父の姿があるだけだった。
「おお、戻ったか。済まんな、気を遣わせた」
「ひとみは?」
繰り返す勇太郎。郷吉は苦笑しながら、さっきのやり取りを話して聞かせる。
「そっか……またセクハラの対象が増えるってわけだ」
「こやつめ」
「……あ、そうだ」
ポケットに、無造作に詰めたお釣りを探す。その動きを、郷吉は止めた。
「たまには、小遣いもやらんとな」
「あ、ほんと?」
「飴と鞭は、教育の基本じゃ。肝に銘じとけ」
そう言って、再び原稿用紙と対峙する郷吉。
「そうじゃ、勇太郎。訊きたい事がある」
「なに?」
「ひとみちゃんは、知っておるのか?」
白紙の原稿用紙をひらりと勇太郎にかざして見せる。勇太郎は、それが意図するところを察して、ひとこと、
「知ってるよ」
と、言った。対する郷吉もまた、短く、
「そうか」
と、言うだけだった。
「ひとみ、<安納郷市>のファンでさ。会うの、結構、楽しみにしてたんだ」
「そう言ってもらえると嬉しいがのう」
「妹も、ファンなんだよ」
「あれ」
郷吉の間抜けな声は珍しい。
「そうか、そうか。姉妹揃ってわしのファンか。困ったのう、困ったのう」
郷吉は、少し、思案顔だ。
「あんまり考えたこともないが、やはり特殊なものよ。文章だけで、相手の性的本能をゆすぶり、満足させることをせねばならん。あのひとみちゃんも、その妹さんも、ワシの本を読んでくれているというのは嬉しいが、正直、複雑な心境じゃ」
「でもさ、あの本のおかげで、僕はひとみと仲良くなれたよ」
「ほう?」
「なんというか、いろいろあってさ……」
事の顛末(*第1話)を語る。艶めかしい部分は全て省いて。
「のろけおってからに」
が、それは無意味だったようだ。郷吉の崩れきった相好は、きっと二人の間にあった情痴を夢想しているに違いない。