『Twins&Lovers』-58
「勇太郎、ちゃんとメシはくっとるか?」
「うん」
「おっと、愚問じゃった。もう、新婚気分でウハウハじゃったな!!」
「ぐ……」
「結構、結構!! がははははは!!」
「はあ……」
嵐どころではないかもしれない。
「ひとみちゃんは、きょうだいがいるのかね?」
「ええ、妹がひとりいます」
「そうか、そうか。きっと、めんこいのじゃろうなぁ。今度、連れてきておくれ」
「ええ。きっと、喜んで来ると思いますよ」
「ほんとか!?」
そんなに子供みたいな顔で喜ぶなよ。………いったい、何度めの声なき突っ込みだろう。
「他に、家族はおるんか?」
「ええ…と…おばあちゃんが、います」
一瞬、口ごもったひとみ。その仕草で、察しのいい郷吉は全てを悟る。
「きっと、優しいおばあちゃんなんじゃな。ひとみちゃんを見とると、そう思うぞ」
「はい」
「おばあちゃんのことが、好きか?」
「ええ、とっても」
「そうか、ええことじゃ。 ……昨今の若人は、老人に対する敬愛の情がなくていかん! 勇太郎、ひとみちゃんを見習うのじゃ!」
「ぼ、僕にふるのか?」
「ええい! じいさまの病室を見舞うのに、手ぶらできよったバカ孫め! 罰じゃ、これで何か、買ってくるのじゃ!」
そう言って、渡された1万円札。
勇太郎は呆気に取られたが、郷吉の目配せに悟る。郷吉は、ひとみと二人で話をしたいことがあるらしい。
「おう、もうすぐ、おやつの時間じゃ! 勇太郎、杏仁堂のみたらし団子を忘れるでないぞ!」
(3時までってコトか)
杏仁堂は、病院の真向かいの通りから、二つの区画を過ぎた場所にある小さな和菓子屋だ。病院からは、5分ほど歩いたところにある。
「じゃ、行ってくる。戻るの、3時ぐらいになるけど、あんまりセクハラしないでよ」
「なんじゃ、やきもちか勇太郎! 心配せんでええから、はよ、いってこい!」
郷吉は人差し指と中指の間に親指をはさんで見せた。それで、いいらしい。そのお下劣なポーズは、やめた方がいいと思うのだが。
勇太郎は、苦笑しながら病室を出た。
「仲、とってもいいんですね」
「おうよ」
楽しげに、郷吉は頷く。しかし、ふ、とその顔に寂しさの色が混じ入った。
「………あれには、早くから両親がいなかったからのう」
「………」
「もう、聞いとるかね?」
「はい……確か……事故で……」
「そうじゃ。……16年になる」
忘れもしない、初夏の昼下がり。郷吉の元に入った悲劇の知らせは、担当の警察官から随分と無機質に語られたものだった。
言葉を覚える先から、両親に先立たれた勇太郎。その日から郷吉は、勇太郎の祖父から、父親になった。
「たとえ、ふた親がおらんくても、明るく優しい心をもった男に育って欲しかった。そう願って、そうなるように信じて、ワシは勇太郎の父親をやってきた……」
「勇太郎くん、優しいですよ。とっても」
「おうさ。ワシの自慢の息子でもあるからな」
ひとみは、わかっていた。きっとこの人は、勇太郎との関係を通して、親のいない自分たちへ語りかけている。励ましかけているのだ、と。
(やっぱり、勇太郎のおじいさんだ……)
とても、暖かい気持ちになれる。勇太郎と、一緒にいるときに感じる暖かさが、ここにもある。
「私も……」
その暖かさは、心の氷を溶かしてくれる。