『Twins&Lovers』-167
「僕の、父さん……」
しかし改めて問われると、興味がないというのは嘘になる。
「いい男じゃったぞ。ワシの息子とは思えんほどにな」
「………」
「何しろ、その母親が、これまたいい女じゃったからな」
「………じいさん」
実は、のろけたかったのか? 父親の母親ということは、自分にとっては祖母に当たる人……すなわち、郷吉の妻ということになる。
「うむ、いい読みじゃ」
「………」
言葉が出ません。勇太郎はため息をつくと、顔に笑みを貼りつけた。
医者に余命1年といわれて、間もなく半年を過ぎようとしている。しかし、祖父は相変わらず元気だ。主治医・杉原が口にした一時帰宅の話は、いまだ保留となっているが、この様子ならばきっと早いうちに許可もでるだろう。
「実に、よくできた女(ひと)じゃった。ワシにはもったいないくらいにな」
勇太郎の思いを余所に、郷吉の話は続いている。
「あんなにいい女には、なかなか出逢えるものではない。………先に逝かせてしまったが、一緒にいる間、ワシは本当に幸せじゃった」
「………」
寂しそうな瞳の色。きっと、心の底から祖母のことを愛していたのだろう。あんなにセクハラを働く人と同一とは思えないほど、いまの郷吉は儚げに遠くを見ていた。
「………あとな、弥生さんもワシにとってはかけがえのない人じゃ」
郷吉の口から出た、隣人の名。確か、従姉弟同士だったという。
思いがけない接点と、思いがけない邂逅。それ以降の、二人の仲のよさはまさに肉親のそれであった。
「お前と一緒で、ワシも小さいときに母親と死に別れてしもうてな。ただ、お前と違って、それが物心のついとった時期じゃったから、母親の死がとても悲しくて寂しくて、毎日泣いとったわい。……そんなワシに優しくしてくれて、母親のいない寂しさを埋めてくれたのが、弥生ねえさんじゃったんじゃ」
郷吉の瞳に宿る懐かしさ。勇太郎はふと、『憧憬』の一説を思い出した。
「……ここだけの話、初恋の相手じゃ」
こそこそ、と耳打ちをしてくる。その頬がやたらと紅潮している様は、なかなか面白い。
「ふ〜ん……」
「ひとみちゃんや、ふたみちゃんには内緒じゃぞ」
多分、みんな知ってるよ―――とは、言わない。
しかし、まさか郷吉と弥生が深い仲にまで進展していたとは勇太郎にも考えが及ばないだろう。その部分は、郷吉も伏せていることである。
それを匂わせる『憧憬』も、やはりフィクションの範疇を出ないものとして捉えているだけに、勇太郎は、その中にある性的な描写は祖父の“憧れ”を描いたものだと思っていた。
さらにいうなら、ひとみとふたみが、自分と同じ郷吉の孫であったことなど知る由もない。なぜならこのことは、終生二人だけの秘密にすることを、郷吉と弥生は共に了解しあっていたからだ。
「おなごとの縁は、本来ならば実に難しいもの。そういう意味では、ワシは幸運じゃったと思う」
ずず、と湯飲みを口元に運び、舌を潤してから郷吉は続ける。
「勇太郎、お主も運がいい」
「………」
「ひとみちゃんは、まこといい娘。その縁を、自ら手放すようなことになったら、ワシは死んでもお前を許さん」
「な、なにを……」
言葉だけを聞けば、いつものようにからかわれているものと思った。だが、自分を射抜く郷吉の眼差しは、いつになく鋭い。