『Twins&Lovers』-122
宏治は結婚をしていたが、まだ子供はいなかった。だから、姪にあたる佐織のことを自分の娘のように可愛がった。数年後、宏治夫妻にも待望の男児・宏好が生まれ、兄がそうしてくれたように宏市も我が子のように甥の宏好を愛した。
世界を舞台に活躍する宏治は家を空けるのがほとんどだ。従って、その留守は宏市が家を預かった。肩書きは、当主代理という立派なものだが、宏市はそんなものに頓着もせず、ついにその立場を使うことはしなかった。
さらにこの変わり者の弟は、家長の許しがありながら、大きな邸宅に部屋をもらうのはなにかと窮屈だとして、敷地の片隅にあった古小屋を自ら改修し、そこで起居していたのである。そして、娘の佐織も父と共にその家に住んでいた。
宏治はそんな弟の行動を容認し、しかも弟の家がある区画を切り分けて、それを彼の土地とした。その寛大さは傍から見れば異様なものに映るかもしれないが、宏治にとっては弟への報いにしてはまだまだ少ないほうだと思っていたのだから驚くより他はないだろう。
こうして、同じ敷地内にふたつの宇堂家という不思議な図式ができたのである。
少しばかり、話が長くなってしまった。要するに、今の宏治があるのは宏市のおかげであり、今の宏市があるのは宏治のおかげという、強固な信頼関係があると理解していただければよいのである。
それと、もうひとつ。宇堂家の関係者にとって、宏市の存在は必ずしも歓迎されているわけではなかったことも書き記しておこう。
「よう、好坊。来てたのかい」
ある日の昼下がり。佐織の家で涼んでいた宏好に、帰宅した宏市が話しかけてきた。
「叔父さん? 珍しいね、何処に行ってたの?」
てっきり書斎にこもりっきりと思っていたのだが……。
ちなみに宏市の書斎は家の最奥にあり、宏市がここに入ると、3日は出てこない。佐織の話では、2日ほど前に書斎に入ったと聞いていたので、今もそこにいると宏好は思い込んでいた。
「あ、お父さん」
「よー、我が娘。久しぶり」
だから、ひとつ屋根の下に住みながら、そんな会話が普通に成り立つ。書斎にこもったときは、食事を扉の前に届けるだけで、顔をあわせることがなくなるからだ。
「お疲れさま。お茶、いれてくる」
「うん、頼む」
しかし、不思議なことに親子仲は極めて良好である。
「いやー。久々に太陽に当たると、砂になっちまいそうだ」
居間に腰をおろす宏市。そして、小脇に持っていた茶封筒を、ばさりと無造作に卓袱台に置いた。
「? これなに?」
「ん、読んでみろ」
にや、とよく見た叔父の笑み。宏好は、嫌な予感がする。こういうときの叔父は、なにか、よからぬことをたくらんでいるのだ。
しかし乗りかかった船。毒食わば皿まで――――。とりあえず、中身を取り出す。
そこには原稿用紙の束。そして、表題は……。
『肛虐令嬢・失神悶絶』
「………」
忘れていた。叔父・宏市のもうひとつの姿……。
「ちょっと激しすぎてな。載せられねえって、言われちまったよ」
官能小説家。男女の交合を文章によって表現し、淫靡な世界を芸術の高みにまで昇華させようとする文章家。
「ケツこそ恥辱の真骨頂で、俺は大好きなんだが……雑踏社のやつらはそれが青いぜ」
「は、はは……」
冒頭に、いきなり浣腸描写を持ってくるのはどうかと思う。なんだかんだと、中身を読んでいる宏好の、声なき呟き。