『Twins&Lovers』-107
授業も終わり、ふたみは文芸部の部室へ向かう。美野里は、今日は、なにか大事な用事があるらしく、部活は休むといっていた。
「あれ?」
だからひとりで部室にきたのだが、誰もいなかった。
(鍵、開いてるのに)
「あ」
よく見ると黒板に、
『部誌の件で、職員室に用がある。30分ほど留守にする―――――智子・恵・真琴』
と、掲示してある。ということは、部長と他の先輩は既に一度、ここに来ていたのだろう。ちなみに、智子の隣にある名前を加えて文芸部はフルメンバーとなる。
(ひとりか……)
ふたみは近くの椅子に腰をおろした。静寂が、身体に覆い被さる。部室でひとりきりになるのは、ひょっとしたら初めてかもしれない。
(………)
ふいに、南京錠をつけた扉のあるロッカーに目がいった。そこには“安納郷市”の小説が詰まっている。
なんのためらいもなく、開錠して、居並ぶ背表紙を眺めてみた。
(あ)
見慣れた題字が並ぶ中、一冊だけ知らないものがある。それはこの間、兵太が初めてこの部室にやってきたとき、途中までしか読めなかった短編集『恋心』だ。
指が、伸びた。そのまま目次の部分を開く。
表題作の「恋心」は既に読んでしまっていたから、次の章節に目を通すことにした。その題名は、「雨上がり」。
ふたみは、すぐに、文字の織りなす世界へと引き込まれていった。
『…………
よくある関係だと誰もが言う。
「ちょっとジロー!」
幼なじみのサキに耳をつかまれ、ジローは廊下を引きずりまわされていた。
「掃除なんて、ほんの20分ぐらいで済むでしょうに! なんでそれぐらいの我慢ができないのよ!!」
「あのなあ! その20分っていうのが、若い俺らにとっちゃ重大なのよ!! 時間は止まっちゃくれないんだ!!!」
「重大も何も、またゲームセンターで時間を潰すだけだったんでしょうが」
「ぐ」
「そのうちの20分ぐらい、学園の美化に貢献しなさいな。ただでさえ睨まれてるんだか、それぐらいしないとますます進級できなくなるよ!」
「………」
結局サキに押し切られる。どうにも、彼女には勝てない。
教室まで引っ張られると、どっ、とクラスメイトたちの哄笑に出迎えられた。
「またジローの負けか」
それは、放課後の風物詩。きまって掃除をサボろうとするジローをサキが追いかけ、教室まで連行してくるのだ。あの手この手を使ってサキを振り切ろうとするジローだが、なにしろ赤ん坊の頃から知り合いの二人である。その行動パターンを読まれ、いつもサキに捕まってしまうのだ。
「いまから尻にしかれてたんじゃ、ジローも大変だな」
決まってよく聞くからかいの言葉。
「よせやい! こんな暴力女、ノシつけられたってお断りだ!!」
「冗談じゃないわ! こんなぐうたら!!」
そして、決まって起こるふたりの言い合い。期待通りの展開に、クラス中の盛り上がりは最高潮だった。――――――…………』
何かと言い合いばかりで、素直になれない幼なじみの少年・少女の物語。学園モノでは王道といっていい設定と、ストーリーの展開。このあたりは、まだ、初期ということで自分の世界を構築できていない“安納郷市”の姿がうかがえた。
物語は、ふたりの変わらぬ日常を映している。しかし、ある日、ジローに、彼の事を慕う誰かの手紙が届いたときから、展開は動き始めた。