『Twins&Lovers』-105
「初めまして安堂先輩。安原美野里といいます。『みの』って呼ばれてます」
「ああ、初めまして。ふたみちゃんとおんなじ名字だから、僕のこと名前で呼んでいいよ」
「はい、勇太郎先輩……あ、そうだ。せっかくだから、ゆう先輩って、呼んでいいですか?」
「う、うん、いいよ」
「えへ♪」
勇太郎と美野里は初対面だ。にも関わらずすっかり打ち解けているのは、人見知りしない美野里の和やかな雰囲気がさせることだろう。
「前に言ってた、お知り合いのアンドーさんって、ゆう先輩のことなんですね」
話を振られ、勇太郎は兵太を見る。
確かに兵太が転校してきてから、席が隣同士という関係上、クラスの中ではかなり親しい方だろう。だが、美野里の言葉には、自分と兵太が“旧知の仲”というイントネーションが含まれている気がした。
「実は、勇太郎はんとワイが直接知り合いというんやのうて、オカンからよう勇太郎はんの話を聞いたからというか、なんというか……」
モノ問いたげな勇太郎の視線を受け、兵太は答える。
「オカン?」
彼の母親になると、ますます知らない……と思いかけて、同じ名字の懐かしい名前を思い出した。
「轟……きみのお母さんって、ひょっとして」
「轟弓子いいます」
「!?」
やっぱりか。
轟という姓はそんなに聞かないので、ひょっとしたらの思いはあった。もっとも、トレジャースタジアムのチケットを受け取ったときに、轟弓子の名を思い出したのであるから、その考えに至ったのはつい最近のことなのだが。
「安納センセのところに、仕事に行ってたとき、同じ年頃のお孫さんがおるって話をよう聞いてました」
「………ってことは、弓子さんの言ってた助平息子は、轟のことか! じいさんのささやかな入院記事を見つけるほどの“安納”マニアは!!」
「な、なんか、ワイ、ひどいふうに言われてまんな」
考えてみたら、時事ネタ等で会話が弾むことはあったが、おたがいの身の上を語ったことはなかった気がする。
「はぁ、また“安納郷市”だよ」
この学校に転校してから、勇太郎の身辺は、“安納郷市”に満ちている。
思わずため息をつく勇太郎。不意にふたみと視線があって、おたがいに苦笑した。
「あのうごうし………」
ぼぼっ、と美野里の顔が火を噴いていた。まだ彼女は、官能小説家“安納郷市”に慣れていない。
余談になるが、鍵つきロッカーに兵太が“安納郷市”の蔵書を忍ばせるようになってから、部長・藤堂智子以下、他の文芸部員たちはそれにハマっている。南京錠と鍵を自前で用意して、部員全員にスペアを渡すあたり、彼の“安納郷市”を普及させようという意欲は並ならぬものがある。
美野里とて例外ではない。ただ、女子ばかりといっても大勢の中で読むのは恥ずかしいから、ひそかに隠れ読んでいるのだが。
「安納郷市の、お孫さんって……じゃ、ゆう先輩って」
「うーん、まあ、そういうこと」
勇太郎は、頬を掻きながら頷いた。
「そ、そ、そ、そ、そうなんですか!?」
真っ赤な顔を、両手で覆って、悶える美野里。ちょっと、可愛いかった。
話が一区切りついたところで、もくもくと弁当を食べる一同。
「あ、そういえば」
またしても美野里が話を切り出してきた。
「ふたみは、ゆう先輩のこと知ってるんだ」
普通、知らない男子に対しては極度な人見知りをするふたみが、泰然と昼食を摂っている。それが美野里の好奇心を引き起こしたらしい。