13.-1
「もしもし…、寝てた?…うん、ごめんね、ちょっと出かけてて。電話、気づかなかった…。」
「飲みながらテレビ見てた。なんか元気ないけど、大丈夫?」
「うん…大丈夫…。」
「課長に褒められたよ、今日。プレゼンよかったって。」
「そう…。よかったね、頑張った甲斐があったよね、お疲れ様。」
「あのさ、週末札幌に出張が入っちゃった。ごめんね、最近なかなか会えなくて。」
「そうなんだ…。仕事なんだから、仕方ないよ…。」
「お土産買ってくるね。蟹でいい?」
「いいよ、そんなの。」
「じゃ、白い恋人で。」
「いいよ、ホントに。」
「ははは。じゃ、そろそろ寝ようか。」
「うん…。」
「おやすみ。」
「おやすみなさい…。」
洗面所で化粧を落とし、Tシャツをめくる。肩の下の所に、次長が射精しながら残した歯形が残っている。誰にも見えないところに残された痕。
明かりを消して、ベッドに潜り込んで目を閉じると、いくつもの場面が脳裏に浮かんでくる。今までの自分には、想像も出来なかったような行為。その一つ一つが、刻印されたように鮮明に甦る。次長の前でだけ見せてしまう、私の姿。いま何をしているんだろう。あの部屋で。携帯の番号は分かるが、自分からかけたことはない。声を聞きたい気持ちを抑え、眠ろうと態勢を変える。
(あ…。)
ヘッドボードに手を伸ばしスマホを手に取ると、予想と反して、メールの差出人は智樹ではなかった。
《行ってみたい温泉があるんだけど、一緒にどう?今度の週末に。》
(温泉…次長と…。)
《温泉、いいですね。行ってみたいです。》
《OK、じゃ予約しておく。ドタキャンしないように。》
《了解しました。》
智樹の無邪気な笑顔を思い出すと胸が疼く。でも、温泉なんて、学生時代に友人と行った以来だ。しかも、恋人でもない男性と二人きりでの旅行。何を着て行ったらいいんだろう。ベッドの中で何度も寝返りをうち、志織はなかなか寝付けなかった。
会社で次長の姿を見かけることはあっても、この数日間、二人きりで言葉を交わす機会はなかった。金曜の夜に、明日の待ち合わせの時間を告げるメールが届いただけだった。志織はクローゼットの引き出しを開け、まだ一度も着ていない上下そろいの下着を手に取り拡げてみた。窓を開け夜空を見上げた志織の目に、星が輝いて見えた。