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年上の男
【女性向け 官能小説】

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1.-1

「ふぅ…。」
最近、なんでもないときにため息をつくことが多くなった。高樹志織はそんなことを考えながら駅の改札に向かっていると、後ろから不意に声をかけられた。
「2次会行かなかったの?高樹君。」
かけられた声の方を振り向く。
「次長…。」
職場で見慣れた顔が、志織に向かって笑いかけている。今日の歓迎会も一緒だったが、テーブルが離れており声を交わすことはなかった。
「次長こそ、2次会行かれなかったんですか?」
「カラオケ、苦手でね…。よければもう一軒寄って行く?近くに落ち着いた店あるんだけど。」
会社でもどちらかと言うと大人しい方で、同僚とはあまり個人的な話もしないような自分が誘われることが意外で、志織はどう返していいか分からなかった。
「心配しなくても、帰りはタクシーで送っていくから。まだ11時前だし、いいだろ?」
それだけ言うと、志織の返事を聞く前に歩き出した次長の背中を、仕方なく小走りに追いかける。

「こうして二人で話すの、初めてだよね。」
小さくジャズが流れるうす暗いカウンターバーには他に客もなく、ウィスキーのグラスを口に運ぶ次長が横から話しかけてくる。
「ええ…。急に声をかけられて、びっくりしました。」
飲みやすい軽めのカクテル、という志織の注文に初老のバーテンダーが応えてくれたグラスを見つめながら、戸惑いの抜けない声を返す。今まで用件を交わすぐらいの会話しかしたことがない、年の離れた上司。びっくりしたのは、そんな相手に誘われたことと、こうしていま並んで座っていることだ。
「会社の飲み会、嫌い?」
「どうしてですか?」
「あんまり顔出さないし、今日もあんまり楽しそうに見えなかった。」
「分かっちゃいました?できるだけ周りに合わせようとはしてるつもりなんですけど…。」
「フフフ…。無理しなくていいよ。騒ぐだけで、会話なんて出来ないしね。」
「ほんと、そうですよね…。」
頷きながら、そっと左隣でタバコに火を付けている次長の顔を盗み見る。少し髭の濃い、男の顔。髪は短くて、眼鏡が似合っている。こんなに近くで次長の顔を見たことは、いままでない。
「なんかついてるか?」
「いえ、なんでもないです。」
急に顔を向けられ、慌てて視線を戻す。
「高樹君、たしか先週誕生日じゃなかった?」
「え…。」
「おめでとう、24歳、だったかな?」
「いえ、25です。でも、どうして知ってるんですか?そんなこと…。」
戸惑いを隠せないまま、山崎次長が軽く掲げたグラスに、促されるように自分のグラスを持ち上げ、軽く当てる。
「うちの会社、個人情報ゆるゆるだもんな…。」
次長のいたずらっぽい笑い顔に曖昧な笑いを返すのが精一杯だったが、聞きたいのは個人情報のセキュリティに関してなどではない。
(…なぜ私の誕生日を?)
口に出せなかった問いを、細長く煙を吐き出す次長の横顔を見つめながら胸の奥で繰り返す。どちらかというと無愛想で怖い上司だと思っていた次長の印象が揺らいでいた。
「マスター、ごちそうさま。」
飲み干したグラスをカウンターに置き精算を済ませた次長がスツールから腰を上げる。
「じゃ、そろそろ行こうか。」
「あ、はい…。ごちそうさまでした。」
志織は慌てて立ち上がりながらマスターに会釈をし、店を出る。タクシーを停めて後部座席に乗り込んだ次長に手招きされ、シートに身体を滑り込ませる。

「高樹君ってさ、あまり身体のラインが出る服着てこないよな。」
「次長、それ、広義のセクハラですよ…。」
とがめるような視線を向けた志織に、次長がいたずらっぽい笑顔を見せる。
「訴えるか?セクハラなんとか委員に。でもなんとなく、もったいない気がしてね…。」
「仕事中、なに考えてるんですか?」
「いろんなこと。」
「もう…。今日はごちそうさまでした。」

 自宅のマンションの前でタクシーを降り、志織は複雑な気持ちで走り去るタクシーを見送った。確かに、次長の言うことは当たっているかも知れない。過去の苦い経験が、恐らくそうさせているのだと思う。一つは大学に入って間もない頃、いつも派手な服装の女の同級生に合コンに誘われ、無理に飲まされて酔いつぶれ、気がついたら男の一人とホテルのベッドにいたこと。初めて会った男で、1度きりの関係だということは忘れたくても忘れられない。そのことが元で、それから男にも周囲の女性にも、警戒感を抱くようになってしまった。それと満員電車の中で知らない男に身体をまさぐられた時のこと。嫌悪感しか感じなかったが、何度手を振り払っても男は執拗だった。駅員に突き出すまでの勇気が湧いてこなかった自分も、いけなかったと思う。男には家族があるかも知れないし。でもまた他の女性が嫌な思いをすることになるのかも知れないし。それから、膝上のスカートで電車に乗ることはなくなった。大学時代から付き合っている彼氏はいるものの、男性を寄せ付けないオーラを身にまとってしまったのか、その後は痴漢に遭うこともなくなり、ほかの男性に声をかけられることもなかった。だからこそ、今日山崎次長に声をかけられたときの驚きは大きかった。



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