J-3
「みんな!とっても似合ってるわ」
学校裏の川縁に整列した子供逹の姿に、雛子は思わず、声を弾ませて喜ぶ。
だが、そんな上機嫌な彼女とは対照的に、子供逹は一様に俯いたり、互いを見合わせたりと、何とも落ち着き様が無い。初めて着る“水着と言う代物”に、少なからず戸惑いっていたのだ。
吉岡との出来事の後、雛子は大きな風呂敷包みを抱えて登校した。
中身は、兄である光太郎から託された水着一式。学校迄の道すがら、喜ぶ子供逹の姿が目に浮んだ。
しかし、子供逹は、そんな雛子の想いなど知る由も無い。だから、水着と初めて対面した途端、表情は一変し、笑顔も消えて固る始末。
明らかに困惑の様子で、予想とは真逆の反応だった。
だが、そんな事でいちいち滅入る雛子ではない。直ぐに気持ちを持ち直し、子供逹に着方の手解きを行うと、男子の方は林田に任せ、保健室で女子の着替えを手伝ってやった。
そうして今、水着姿の子供逹と相対した訳だが、
「あの……せんせい」
恐る々と手を挙げるのは、大である。が、その声は心無しか覇気が無い。
「どうしたの?」
雛子が訊くと、大は早速、水着への不満を口にした。
「なんか……キ、キンタマの周りがゴワゴワして……」
すると、どうだ。
大をきっかけとして子供逹が次々と、同調の声を列挙した。
「男子なんか、下だけやがね!女子なんか手足以外、全部なんやぞ」
確かに、生地の厚い水着は薄い下着やシミーズ等と比べると、かなり着心地が悪いだろう。だが、下着姿で水練の授業を行っていた是迄が、普通から掛け離れていたのだ。
雛子は、自分にそう言い利かせると、子供逹を諭そうと試みる。
「これから水練の授業は、大きな学校と同じ様に、水着で行うようになったの。
最初は慣れないで不安でしょうけど、我慢してちょうだい」
「大きな学校って、他にも、こないなの着て水練やる学校が有るんか?」
すかさず、耳ざとい公子が訊き返す。「大きな学校」と言う言葉が気になったのだ。
「ええ。東京の主な小学校では去年から採用されてるそうよ」
「じゃあ、私らも東京もんと一緒けえ……」
公子の声音が、微妙に変化する。同様に他の子供逹も、互いの顔を見合せて、喜悦の声を漏らした。
彼等にすれば、帝都である東京と同じ扱いだと聞けば、何とも気分が良い──自尊心をくすぐられた訳だ。
「……な、なら仕方ねえな。今回は、先生の顔を立ててやるよ」
まんざらでもないという、公子の言い分に、皆も一同に賛同の頷きを見せた。
漸く、子供逹の納得を得た事で、雛子も、安堵の面持ちになった。