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調教学園物語
【調教 官能小説】

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〜 HR 〜-2

 私の同僚で、副担任をしてくれる8号教官にも、過去の話を聞いたことがある。 彼女の最初の一週間は『家畜』の時間だったという。 犬、猫、豚、牛、馬……あらゆる哺乳類になりきることで、人間の品格をあっという間に削がれたらしい。 他にも蛇、亀といった爬虫類や、両生類の蛙、鳥類の鶏、魚類、甲殻類……頭のてっぺんからつま先まで、きめ細かな動きを指定され、全身全霊をかけて動物に成りきるためには、人間の価値を捨てるしかない。
 私も学園生活を通し、何度も動物扱いされた。 動物を演じる行為自体の肉体的負担もさることながら、大真面目で三回まわってワンと鳴くミジメさ、這いつくばって舌を這わせる情けなさは生半可なものではなかった。 学園で味わう沢山のヒューマン・ロール・プレイの1つ、アニマル・プレイには、人を人でなくならせる働きがある。 

 私が史性寮で生徒を代表して寮長をしたころに、当時の寮監から教えてもらったことがある。 学園の第1週は、基本は『自慰』の1週間にするべきらしい。 人前で何度も絶頂することで尊厳が失われ、意地をはっていたものでも素直にならざるを得ないという。 また、達するためには肉体的快感だけではなく脳内をコントロールしなければいけないので、否が応でも想像力がつく。 様々なシチュエーションをつくってマスターベーションを徹底させたクラスは、その後の講義がスムーズになるというわけだ。 確かに一理あると思う。 

 しかし、最も衝撃的な過ごし方は、学園設立当初のカリキュラムだ。 教頭に借りた文献で学園の歴史を遡ると、何十年も前には、全てのクラスが一様に『排泄』の1週間を過ごしていたという。 単純に人前で排泄することから始まって、塗り、食し、潜り、糊塗するのは当たり前。 互いに排泄物を交換したり、そのほかの動物まで巻き込んだ汚物のテイスティングに至っては、私でも初めて目にする行為だ。 ある程度のスカトロジーは、個人的には学園生活の心構えを形成するのに有効だと思っている。 自分たちが排泄したものが経口して返ってくることで、排泄物にすら敬意を抱かなければ自我が保てなくなる。逆にいえば、自分自身の価値は排泄物と同等、自分がいわゆる『うんこ製造機』に過ぎないと自覚できる。 本心からでなくても、心の片隅で自分の無価値さを諦念できれば、学園の流れを受け止め、次に進む道が開けようというものだ。

 『激痛』『家畜』『自慰』『排泄』……学園の根底にある目標を体現するためには、どれも有効な概念といえるだろう。 教員はそれぞれ得意分野があって、その分野に特化した指導を行いがちという。 けれど、指導を受ける生徒としては、どの分野の指導であっても『意味』を見出さなくてはいけない。 単に我慢してやり過ごすのではなく、指導を実体験として理解し、昇華――消化ではなく――する、そんな習慣なしには上の世界は望めない。 



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